シン・野外教育の木

2023年1月に、冒険教育研究で世界的に著名なサイモン・プリーストさんが日本を訪れ、福岡、大阪、東京とワークショップを開催し、日本中の野外指導者に、大きな刺激を与えてくれました。彼の冒険教育に関する著書は、25年以上に渡り世界のベストセラーになっていますが、日本人にとっては、彼が1986年にはっぴょうした野外教育の木でも有名です。今回の来日におけるワークショップの中で、彼が、この野外教育の木をリニューアルしましたのでご紹介します。(Priest, S. (1986). Redefining Outdoor Education: A matter of Many Relationships. The Journal of Environmental Education , 17(3): 13-1)

まずは、元となった野外教育の木に関するエピソード。このモデルは、私のドク論の野外教育の構成概念モデルとして採用し、2000年に初めて国内の論文で発表したもので、とても思い入れのある論文の一つです。ところが彼は、野外教育を定義するために論文を書いたのではなく、ドク論のディフェンスの審査において、「野外教育の定義を説明せよ」という課題に対し、以下に挙げるようなこれまでの野外教育の定義が曖昧で、腑に落ちなかったため、審査委員に解答するために自分で作り上げたのがこのモデルだそうです。いやはやトップになる人はドク論の審査に臨姿勢から人と違いますね。(Okamura, T. (2000). The Prospective of Environmental and Adventure Education from the view point of Outdoor Education, Youth Issues, 47(8), 12-19.)

・教室の外で学んだ方が良いものは教室の外で学べば良い(LBシャープ, 1943)
・野外における、野外についての、野外のための教育(ドナルドソン, 1958)

これらの定義は、いずれもアメリカの野外において冒険教育、環境教育が導入される前の定義であるので、野外教育の木は1970年代以降の多様化した野外教育を整理した大変優れたモデルです。今回は、このモデルにおける野外教育の効果のところに「スピリチュアリティ(霊性)」が加わりました。今回、改めて、このモデルの意味を解説し、いかにして霊性と繋がっているのか紹介します。

学習の場所

木が屋外に生えている通り、野外教育も、原則屋外で行われます。

学問分野

野外教育という学問は、冒険教育という大きな枝と、環境教育という大きな枝の2つの枝を持っています。冒険教育は冒険活動を手段とした教育で、環境教育は環境リテラシーを目的とした教育です。

関連分野

野外教育は、人文社会科学、自然科学など様々な分野とつながりのある学際的な学問分野です。

学習方法・学習野

野外教育の学習は、五感+第六感(直感)を通じて行われ、認知、環境、行動の学習野に刺激を与えます。

学習効果

野外教育には、「自己との関係」、「他者との関係」、「生態系中心の関係」、「人間中心の関係」、「高次な力との関係(スピリチャリティ)」の5つがあります。「自己との関係」「他者との関係」は主に冒険教育により自己との葛藤、集団における葛藤を通じて学習し、「生態系中心の関係」「人間中心の関係」は、環境教育により環境の学習と葛藤を通じて学習することができます。そして、4つのスキルを獲得して、つまり、自尊心があり、集団と調和し、身体性が高く、自然について理解し、自然に配慮できて、初めて人の力が及ばずに論理的に説明できない高次な力とのつながりを感じることができるのです。と、彼は説明します。

スピリチャリティ

スピリチャルって日本人にはなかなか馴染みがなく、なんか宗教っぽいと思われるかもしれませんが、世界保健機構(WHO)が1999年に健康の定義として霊性的幸福な状態であると加えるなど、物質社会がもたらした様々な弊害を補完するものとして注目されているのです。アメリカの本屋なんかスピリチュアルだらけです。

わかりやすいところで言うと、毎朝仏壇にお線香をあげて手を合わせるのも、物理的には、何に対して?意味あるの?だけれども、精神的には欠くことのできない日課ですよね。あと「いただきます」なんかも近いかも。野外で言ったら、「畏敬の念」なんていうのがわかりやすかもです。実は私のドク論は、本当は畏敬の念を従属変数して、冒険教育と環境教育の融合の効果を検証したかったのですが、畏敬の念と言う概念のレビューが当時は手強く、当たり障りのない「自然に対する態度」になってしまいました。確かに、2000年以降にドク論を始めたら、スピリチュアルに行ってたかもしれません。

WHO以降、我が国でも、特にセラピーやトランスファー心理学会などを中心に、野外体験が霊性に及ぼす効果について実証されています(真鍋ら,2010/濁川ら, 2012/奇二,2016)。シン・野外教育の木のモデルからも、今後我が国の野外教育研究にとって重要な変数となっていくでしょうね。ぜひ誰か私の無念を晴らしてください。

かく言う私も、実は最近スピリチュアル研究ってのをやっていまして、野外指導者の野外霊性の分類をしたところ、①自己内省・自己成長、②他者及び高次な力とのつながり、③美学的自然認識から構成されることがわりました。これって野外教育の効果の分類に近いですよね。しかも野外とは全く関係ない研究の霊性の分類とも親和性が高いことがわかりました。つまり野外の効果ってそもそも包括的な霊性に効果があると言うことです。(Taito Okamura et al.(2020)How Should We Grow Outdoor Spirituality of Participant in Camp Program, Wilderness Education Association 2020 International Conference on Outdoor Leadership, Michigan)

野外指導の現場で、自己実現だの、リーダーシップだの、環境配慮だの、色々、理論や技術を並べて語っておりますが、私の野外の原体験は、やはり「畏敬の念」。巡り巡って、サイモンのモデルと共に、ここに立ち戻ってきたのは、とても穏やかな気持ちになりました。

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