日本の野外指導者養成にはここが足りない!

いきなり過激なタイトルで、また何か面倒くさいこと言い出すよとお思いの方もいるかと思いますが。ちょっと待って、全部データに基づいていますから。言い方がよくない!?

今回は、ちょっと私としては反則技の研究成果からです。この研究は、以前BCに出向できた国際自然大学校の伊丹くんが、日本の野外指導者養成を変えていきたいという思いから共同研究した研究発表です。
出典:第21回日本野外教育学会大会「アウトドアリーダーシッププロフェッショナルを考える-国内外の野外教育指導者養成プログラムの比較から-」

反則技と言ったのは、国内外の比較と言いながら、国外のデータは、二次資料の引用だからです(だからみなさんマネしないように)。本来であれば、国内と同様に、一次資料にあたり、同じ基準で比較すべきですが、今後の課題ということでひとまずOKにしました。

その引用した二次資料が、サイモン・プリーストのドク論です。この研究のレビューの中で出会い即購入しました。というのも、サイモン・プリーストはアメリカの野外のトップリサーチャーの一人で、彼の論文や、書籍もかなり持っており、彼のドク論に、今回のレビューの目的だけではなく興味があったからです。有名な「野外教育の木」も彼の理論です。
Priest,S.(1986):Outdoor Leadership Preparation in Five Nations、Dissertation, University of Oregon.


日本の野外指導者養成の課題

1997年、飯田の言う「野外教育元年」に、文科省生涯学習局から出された、「青少年の野外教育の充実について」の中で、日本の野外指導者育成の問題点として、以下の点が上がっております。

その後、文科主導で、各種野外指導者養成事業が行われたり、2000年にできた自然体験活動推進協議会が、自然体験指導者の資格制度を新たに作るなど、この課題解決に向けた一連の流れがあったのですが、20年経った現在ではどうでしょうか?

2018年の発表スライドには、次のような過激な分析がありました。

私が学生時代の1990年代に比べ、確かに自然体験に関わる事業者や、指導者は増えておりますが、それらが職員や家族を養い、新たに学生が参入することを目指す職域とはまだなっていません。

1990年代に挙げられた課題は、この報告書の座長を勤めた飯田の常々の嘆きでもあったので、この報告書の作成を裏で支えた岡村としては、常に聞かされてきた内容であり、私自身の活動のミッションともなっていました。

WEAや、BCだけでは、上記の課題の「不足」を解消できているとは思いませんが、体系的で国際基準に基づいた指導者養成を行い、専門性の高い指導者を育て、企業研修や指導者養成コースなどで彼らが活躍する場を作ることを目指しています。

では、20年経ってもなぜ、この課題が解決しないのでしょうか?


研究方法

日本の野外指導者養成は、全国規模で展開している4つの団体を選びました。全国自然体験活動指導者認定員会とは、CONEから移ったNEALのことです。WEAJは日本にありますが、北米の団体ですので、除外しました。

プリーストは、カナダ、イギリス、アメリカ、ニュージーランド、オーストラリアの5カ国を対象としています。しかも今回の調査の30年前のデータです。今はもしかしたら30年分さらに改善されている可能性もあるということです。

以下、国内の資格体系のグレーディングです。グレーディングの観点が役割、技術、活動エリアとまちまちですが、これ自体は資格の質に影響を与えるものではありません。あくまで対象資格の理解のために。


比較結果

WEAの6コアコンポーネントに基づき、カリキュラムを比較した結果、圧倒的に不足していたのがリーダーシップスキルでした。これらのスキルは、メタスキルと呼ばれ、状況や、個人によって可変的で、経験値によって培われるものと言われています。

さらに、欧米のカリキュラムの中の番号は、導入率の順番を表しているもので、安全スキルについで、圧倒的にメタスキルが導入されていることがわかります。

また、プリーストは別の論文で、野外指導スキルの中で、メタスキルは、ハードスキルやソフトスキルを活用するためのものと言っています。確かに、どんなにロープレスキューが巧みでも、使い所の判断を間違えば、時間もかかるし、かえってリスクを高めますものね。

また、別の論文(岩下幸功, 2010)でも、メタスキルについて同様の解釈がなされており、それを身につけるためには、実践による経験値が必要とのことです。

この論から言えば、日本の指導者養成では、スキルを活用するスキルが身に付いている保証がないということでしょう。

次にカリキュラムの指導方法ですが、欧米では、ほぼ100%のカリキュラムで野外遠征が課されており、その時間がカリキュラムの総時間の約50%を占めるということです。

確かに、BCが提供する2週間のWEAコースも、ほぼこれと似たような割合になっていますね。

一方、国内の資料に、この指導方法を規定するものが見つかりませんでした。私は、日本キャンプ協会D1、日本山岳ガイド協会登山ガイドステージⅡですが、私の経験から、キャンプ協会のカリキュラムにフィールドトリップはゼロでしが、キャンプ場内にテント泊やビバークをするような活動は私が受講したときや、講師としてお手伝いしたときには含まれていました。

また、ガイド協会では、養成研修も含め100%フィールドトリップがあり、カリキュラムに占める総時間数も余裕で50%を超えていました。あくまで私的経験上ですが、ガイド役となるシミュレーションやロールプレイのカリキュラムもあったのですが、課題設定が乏しく、リーダーシップを養うものではありませんでしたね。スキルのティーチングやインプリが多かったかな。

実は2020年にとうとうNEAL講師もやったのですが、私がやったので2泊3日のフィールドトリップだったのですが、指導要領の中に特に指導法の規定はありませんでした。一般的なコースはどんな感じなのでしょうか?

次に、評価方法ですが、ここには大きな違いがありました。日本は、筆記テストや、実技テストを根拠に評価されているのに対して、欧米では、自己、指導者、ピア(参加者同士)、外部専門家による観察評価が一般的でした。

日本の指導者養成コースは、一般的に長くても3日程度で、欧米の方法を取り入れようとしても、指導者や参加者同士で、その人のスキルを評価できるまでの時間的な問題があるのでしょうね。ですので、信頼性の高い手法として筆記試験を選択せざるを得ないでしょう。

一方、果たしてその筆記試験がコースで学んだことを反映しているのかという内容的妥当性はどうでしょうか?コース参加と別に、自宅で勉強するのであれば(もちろんそれが悪いことではありませんが)、コースのどんな役割を果たすのか整理が必要ですね。

キャンプ協会では、専用のテキストがあり、参加者はコースとは別にかなり勉強する必要があるようです。筆記試験もコース中の内容はあまり反映されていませんでした。

ちなみにNEALでは、担当講師が独自にテストを作成すると指示を受けました。私は主任講師になる資格がないので、テストの作成は行わなかったのですが、私が作成したカリキュラムを筆記試験で評価するには、主任講師に相当な学術的知識が必要になったことでしょう。


提言(日本の指導者養成ここが足りない!)

1)メタスキルを育成するカリキュラムの導入

以上の比較から、まずなんと言っても、メタスキルの養成が欠落しているということです。

メタスキルの獲得は、野外から離れますが、今後のデジタル社会で、機械ではなく人間に最も求められるスキルです。また、その獲得が野外体験に期待されているところでもあります。

メタスキルに関するカリキュラムの不足は、まずは付与された資格にメタスキルに対する保証ができないということです。ですので、その資格は「メタスキルを含まない(=この人はリーダーシップがあるかもしれないし、ないかもしれない)」という条件付きの運転免許でなければなりません。

もっと大きな問題は、そのカリキュラムを受けた指導者がメタスキルの育成方法がわからないということです。

みなさん、キャンプや、野外研修を売るときに、子供たちのコミュニケーションスキルをとか、御社社員のリーダーシップをとか、売り込んでませんか?

それらのスキルをどうやって身につけるのか説明できますか?それらを観察・評価できますか?

この問題は、野外教育のカリキュラムデザインや指導法の稚拙さに直結します。

何も、キャンプでパワーポイントでリーダーシップを解説せよと言っているのではありません。野外での集団の「遊び」や「課題解決」の中に、そのカリキュラムや指導法が散りばめられています。

2)メタスキルを獲得するための長期フィールドトリップの導入

日本のカリキュラムにメタスキルが欠落している。当然です、2泊3日では身につかないからです。

このスキルを獲得するためには、意識下における実践と評価の繰り返しが必要なのです。また、このスキルを発揮するためには、現実的な課題解決が必要だからです。

もちろん課題解決は野外に限らず、室内や都市化でもいくらでもあります。それを選択する方は、野外の指導者をやめた方がいいです。野外では、非日常の中で、認知・感情・身体の学習野の全てを動員し、はるかに複雑で包括的な判断が必要となり、それが野外の強みです。

WEAのコースに長期遠征が含まれますが、「うちの団体は野外遠征をやらなから学ぶ必要がない」「日本でそんな長い遠征をやる機会がない」などと、批判を受けることがあります。

もちろん長期野外遠征を運行するスキルを獲得することも目的ですが(そうすれば短い遠征はお手のもの)、一番は受講者のメタスキルを養成するためなのです。そして、その獲得を保証するカリキュラムがあるのです。

3)信頼性・妥当性の高い評価システム

そして、この長い遠征が、参加者の観察者・評価者としての資質も向上させます。

まず、当たり前ですが、長い間一緒に生活すれば、その人となりが、より理解できます。昨日であった人に、自分のリーダーシップにとやかく言われるのより、2週間一緒に過ごした仲間から、自分の強み、弱みを全て理解された上で受けるフィードバックの方が、確かに的を得てるし、より心にしみますよね。これがテストでいう信頼性です。

また、コースを通じて、リーダーシップとは何か、理論的にも学習できますので、参加者はリーダーシップの評価者としても質を高めます。これがテストの基準関連妥当性です。

またリーダーシップだけではなく、例えばWEAコースでは、コースを通じて、野外指導者に必要な6+1のスキルを学び、コースの途中(形成評価)と最後(総括評価)に、この6+1に対して、評価します。これらを、構成概念妥当性と内容的妥当性と言います。

以下、この研究発表の対象に対してではなく、一般論ですが、業界基準があって、信頼性、妥当性のある評価によってその基準を満たした証が「資格」です。免許と資格の違いを語る方がいますが、一緒です。運転免許も単なる国家資格です。これが英語の「Certification」です。

一方、基準がなく、基準がないからカリキュラムもなく、仮に基準があっても、カリキュラムが非体系的で、評価の信頼性、妥当性が低く、でも一応、コースは参加しましたという「証明書」「修了書」のことを「Certificate」と言います。コースに参加している事実はありますが、スキルの保証の必要はありません。こちらを「資格」と理解されている方も多いようです。

日本の野外の場合、そもそも業界基準がないので、現実的に業界をカバーする国内資格は難しいと思いますし、仮に各民間団体が独自のゴールを決めたとしても、その育成カリキュラムが科学的根拠に基づいて体系化されていなかったり、評価の信頼性、妥当性が低いことから、現実的には「Certificate」である指導者養成が多いのが現状です。

WEAは、2009年に、欧米の野外指導者カリキュラムや、過去の先行研究をレビューし、それまでのポールペッツォがオピニオンベースで示した18ポイントカリキュラムから、今日のエビデンスベースによる6+1カリキュラムを開発しました。おそらく今後数十年は、世界中の誰がやっても、WEAと同じ科学的手法を用いれば、同じ結論になるでしょう。

WEAカリキュラムを知れば知るほど、いかに優れたシステムなのか、その価値に気付かされます。


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