2025年、とうとうLNTレベル1インストラクターの更新コースがアメリカでローンチされました。これに伴い、日本でも、日本のLNTインストラクター用にカスタマイズしたオンライン更新コースを2026年2月にリリースできました。資格は知識・技能の証ですので、社会状況、技術革新、研究成果が進歩すれば、当然知識・技能も変化しなければなりません。LNTで言えば、昔は穴をほっていたのに、マウンドファイヤーになったり、ベアバックだったのがベアキャニスターになったりと。最近で言ったら先住民の尊重がLNT7に加わったりと。受講者なら当然、最新の情報を求めるし、30年前の情報を押し付けられたなくないですよね。なんとなく、資格更新の役割も理解できます。
資格更新には、受益者負担の原則から受講料が発生します。年会費取られてまでなんで?今まで更新制度がなくてもやってこられたのに今更?そもそもLNTは自分で勉強すれば言い訳で、資格更新って必要?という疑問、反論、葛藤が巻き起こっているかと思います。更新云々より、そもそもLNTに資格って必要?っというコントラバーシャルイシューを、今回はLNTの資格更新を検討されている皆さんと共有できればと思います。
冒険プログラムの指導者に資格は必要か?

Scott D. Wurdinger & Tom G. Potter. (1999) Controversial Issues in Adventure Education., KENDALL/HUNT PUBLISHING COMPANY
まずは先行研究のレビューから入りましょう。これは、冒険教育に関する「意見の分かれる問題(Controcersial Issues)」についてまとめられたものです。今回の資格問題以外にも「都市で冒険教育は可能か?」「短期の冒険教育で長期的な効果が維持されるんか?」などなど、大変興味深いですよね?資格にNOを唱えるのが、冒険教育研究の第一人者サイモンプリーストというのが面白いですね。さすがに言うことに説得力があり、資格いらないかもって思ってしまいました。
YES
Jeff Boeke and David Lockett
①安全管理と品質の保証: 冒険教育はリスクを伴う活動であり、指導者の技能が安全性と質に直結するため、客観的な評価基準が必要である。
②類似する専門職との整合性: パドリング、ダイビング、救急救命士など、他の冒険活動・救助分野と同様に、類似し、ときには活動をともにする専門職との整合性を保ち、業界全体の秩序を保つ。
③「ハードスキル」と「ソフトスキル」の統合: 安全確保の技術(ハードスキル)だけでなく、参加者への介入やグループのマネジメント(ソフトスキル)についても、社会心理分野、臨床心理分野と整合性を持つ、一定のガイドラインと教育が必要である 。
④業界標準の確立: 例えば、ACCT(チャレンジコース技術協会)のような団体が設定した全国標準に基づき、測定可能で公平なトレーニングと審査を行うことで、業界全体の発展につながる。
NO
Simon Priest
①測定の限界: 対人スキル(ソフトスキル)や判断力(メタスキル)は主観的であり、数日間の訓練と試験で妥当性かつ信頼性のある評価を行うことは不可能である 。
②創造性の喪失: 厳格な基準を設けすぎると、指導者がルールに従うだけになり、英国の失敗事例のように、指導者や業界の創造性や現場の柔軟性が失われる 。
③法的・経済的な誤解: 資格が必ずしも保護者からの訴訟を免責し、保険料の減額を保証するわけではない。逆に訓練を受けることにより、「専門家としての高い注意義務」を問われ、過失のリスクが高まる。
④代替案(プログラム認定)の推奨: 指導者個人を認証するよりも、組織全体の運営基準を評価する「プログラム認定(Accreditation)」の方が、業界全体の安全と質の向上に効果的である。
野外指導(アウトドアリーダーシップ)の資格はあるべきか?

Bruce Martin & Mark Wagstaff. (2012) Controversial Issues in Adventure Programming., HUMAN KINETICS
こちらは私のアメリカの兄貴分、マーク・ワグスタッフの著書です。2人ともWEAの伝説的エデュケーターです。この本が出版されたときに、WEAJの設立に向けて、特にマークとの仕事の機会が多かったので、なんで似たような本をまた出したのか聞いたら、前の本のディベートは根拠が乏しく、納得がいかなかったからといったやんちゃぶり。やんちゃでこれだけの共著者を集め、本まで出したら、やんちゃも本物ですね。
YES
Micheal McGowan
①商業化への対抗: 教育が方法論に焦点を当てて「商品化」され、効率や利益が優先される中で、本来の目的である人間的成長や社会貢献を維持するための基準として資格制度が必要である。
②専門性の確立: 理論的エビデンスや教育学、人間発達学の知識を持つプロフェッショナルを資格の教育体系の中で育成することで、単なる技術の指導者ではなく、人間成長を促す指導者を育てることができる。
③大学教育との連携: 医療や工学などの他職種と同様に、4年制大学のプログラムと学位、それに対して中立的な機関が審査による認証を与えることで、産業に流入する新たな人材のキャリアパスを作ることができる。
NO
Will Hobs
①社会的ニーズの欠如: 過去35年間、資格制度が個人や団体に永続的な価値をもたらした証拠はなく、業界全体として未だ強制力はない。業界外からの規制や監視(政府による介入など)といった外部圧力が存在しない現状では、資格制度を導入する必要性が乏しい。現場では現実的に組織にあったトレーニングが行われており、公的な基準よりも組織に必要なスキルが求められる。
②リーダーシップの測定の限界:アウトドアリーダーシップには信頼、誠実、責任感といった個人的な特性や文脈に深く根ざしており、依然として曖昧な評価基準が前提とならざるを得ない。文化や社会状況によってリーダーシップが形成されるという考え方(非本質主義)に基づけば、画一的なリーダーシップの測定は不可能である。
③リーダーシップの特性: 組織マネジメント、安全管理、環境管理などは測定可能であり、資格制度が機能する。登山、スキー、パドリングなども、基準が明確であり、資格が技能獲得の方法として機能しており、社会的信頼を得た団体がある。一方、リーダーシップは、短時間での獲得が困難であり、上述した通り評価に限界がある限り資格としては機能しない。
資格中道論:資格が資格として機能するために
最近流行りの「中道」って便利な言葉ですよね。政治的なイデオロギーは別として、自分の意見を通すためには、「3番目」に発言すると意見が通ると言われています。二律背反する意見の中庸な意見が採用されるそうです。ということで、これまでの資格に関するディベートを踏まえ、個人的な考えと、LNTの資格の活用方法にも少し触れたいと思います。
メタスキルの育成と評価
サイモンやウィルによれば、メタスキルは個人的で測定不可能ということでしたが、そもそもそれがメタスキルの特性です。メタスキルとは、ハードスキルやソフトスキルなどの形成的なスキルを使いこなすためのスキルであり、個人的な経験によって構築されてると言われています。まさに、リーダーシップ、それに便宜的に含まれる、判断、問題解決、メタ認知などがその例です。これらは個別的で、私のリーダーシップと、皆さんのリーダーシップは異なっているけれども、いずれも間違っていない特性を持ちます。よって一元的な尺度は不可能です。ではやっぱり無理なのねっということではなく、メタスキルには、それぞれゴールがあります。WEAでは、生徒のメタスキルではなくその結果を問題とします。例えばリーダーシップでは、「集団がより高い目標を達成できたか」というのがゴールで、そこへの介入は人ぞれぞれです。LNT的に強いていうのであれば、生徒が知識と技能を獲得できたかがゴールで、その過程でSPECを効果的に活用でき、創造的なレッスンプランができていていれば、自ずとゴールを達成できます(ティーチングスキルは完全にメタスキルではありませんが)。つまり、個性を評価するのではなく、結果や現象を根拠として評価すべきです。ジェフ、マイケルの主張の通り、メタスキルは、冒険教育、野外指導スキルの中心的なスキルと言えます。このスキルの育成、評価無くしてアウトドアリーダーシップ資格とは言えなでしょう。
アウトドアリーダーシップがベースライン
LNTは包括的なスキルです。LNTだけ理解してもおそらく実践不可能でしょう。安全と環境のバランスで、当然安全が優先されますが、どこまでリスクを許容できるかで、テイクできる環境配慮の程度も変わってきます。これは野外救急法にも全く同じことが言えます。傷病者の評価と処置ができてても、そもそも事故を起こしてしまったリスクの予知、回避能力、環境を統制するための野外生活技術、避難のためのトリッププランなど、これらのスキルがあって初めて野外救急資格が使えます。一方、パドリング、クライミングのスキルは実践者の他の能力に影響を受けないクローズドスキルです。そのため、古くから伝統的な団体が社会的な信頼を得てきました。野外救急もLNTも、NOLS、WEAなどのアウトドアリーダーシップスキルが確立され、そこから専門分化したものです。つまり、野外救急、LNTを専門的に学ぶ人は、すでに、アウトドアリーダーシップスキルを持っているということです。一方で、国内でこれらの資格の展開はどうでしょうか?アウトドアリーダーシップスキルを持たないものが資格を取得し、資格が一人歩きしている状態です。LNTに関して言えば、この考えのもと、日本のみローカルレギュレーションで(アメリカとは背景が異なるので)、レベル2インストラクターコースの評価について、アウトドアリーダーシップの基準が導入されましたが、そこに人材を送り込むレベル1のカリキュラムとギャップが生まれていましました。L1のカリキュラムに手を加えるのは限界があるので、取得後の継続的な教育と実践に工夫が必要です。
持続的な実践と学習の評価
サイモンの言う通り、メタスキルは一朝一夕で身につくものではなく、繰り返しの経験とその経験値の蓄積が必要です。ただ、元アスリートから言わせると、テクニカルスキルも、研修会で身につくものではなく、その10倍、100倍ぐらい練習と実践を重ねて、やっと指導者レベルになるのは同じこと。つまり、資格講習で身につくと考えること自体に限界があります。WEAでは、数日の更新講習では測ることのできないアウトドアリーダーシップを、個人の指導日数や学習時間といった客観的な数値を更新条件とするポートフォリオという方法をとっています。この方法の裏付けとなるには、WEAカリキュラムに基づいて指導実践をすれば、さまざまな問題、対象者、状況に遭遇し、経験値が蓄積されているという根拠と、然るべき機関で学習を継続すればアウトドアリーダーシップに関する最新の情報と技術をアップデートされているという理由から、更新講習という手段をとっていません。LNTに置き換えれば、更新講習により、LNT及びLNTJに関する最新情報は、ある程度アップデートされますが、LNTのティーチングが維持、更新されているかは更新講習では今のところ不問です。LNTにポートフォリオというシステムはありませんが、LNTが社会に評価され、L1がL2に接続するためには、LNT指導者が自ら質の高いテーチングを行い、自ら情報をアップデートする態度が必要でしょう。
科学的な普遍な基準
肯定論者の強力な根拠となっているのが、理論的、科学的な基準です。資格はこれらの客観性、学術性があって初めて、他の職業と整合性を測ることができます。科学の手続きは、結構シンプルで、すでに明らかになっているファクトを収集し、統合するだけです。人が異なっても、地域が異なっても、国が異なっても、この手続きから得られる結論はほぼ変わりません。一方で多くの失敗する資格体系は、①構成員の合意形成で行う。これだと人が変わると結果が変わります。②収集するファクトに正当化バイアスがかかる。人は自己または所属集団の実践を正当化するため、結果に普遍性が欠如します。③統合の失敗。人は一つの解を求めたがりますが、人文科学に関しては数多の理論が存在ます。リーダーシップで言えば、個性に焦点を置く「特性論」と、状況を中心に考える「状況論」など。アウトドアリーダーには、いずれも正解で、いずれも必要です。これらのファクトを包括的に組み込むべきです。一旦資格設計を失敗した業界は悲惨です。資格が職能として機能しないだけでなく。団体の数があれば資格の数があり、一番は業界に参入しようとする若者が最大の犠牲者となり、その業界に愛想尽きるでしょう。持続可能なアウトドアはまずかここからかと。
資格と公認の融合
サイモンとウィルが主張する通り、現在資格は一周回って、団体公認に業界の焦点は移っています。というより公認もすでに一周回った感がありますが。公認とはサービスを提供する組織、もしくはプログラムの対する認証で、Accreditaionと言います。有名なものが、ACAのアクレディテーションマニュアルや、AEEのアクレディテーションプログラムです。これらは、組織の運営体制、スタッフ管理方法、安全管理基準などに審査項目があり、一定基準を満たすと「公認」されます。つまり資格が個人の指導者に焦点を当てた「中身」に対して、公認は組織に焦点を当てた「箱」の認証です。彼らの主張は、資格は時代遅れで、時代は公認ですということですが、この2つの比較は不毛です。なぜなら両方必要だからです。野外教育は人による教育です。どんなに組織がしっかりしていても、ウェイブサイトがクールでも、指導者ポンコツであれば、質の高い野外指導は不可能です。逆に、どんなに個人が優れていても、アウトドアリーダシップスキルに、経理も、広報も、人材管理も、労務管理も含まれていませんので、これらの基盤がないと指導も良い指導ができないでしょう。WEAでは、エデュケーターとして、一定機関WEAコースの提供実績を積むと、公認プログラムにアプライできようになっています。LNTも資格だけでは実は不十分です。これはLNTの資格体系が1900年代と、アメリカでは最後発であり、すでに公認制度ができた後にできたために、そこを気にする必要がなかったからです。現在、アメリカのLNTでは「ゴールドスタンダード」という、国立公園、州立公園を対象にしていたプログラムが、団体、プログラムを対象としたものに拡大しました。今後これらがどのように機能するか中止し、日本での導入のタイミングを測っていいかなければなりません。
共通言語
肯定論者のマイケルは、WEA創設者の1人であるフランクラプトンの西イリノイ大学の大学教員だけあり、大学教育との連携を根拠としてあげました。私は10年間の大学教員経験を経て、この観点が極めて重要であり、資格と公認の両方を持つWEAを国内に導入した最大の理由でもあります。私の経験からは、学生時代の学習、経験が民間で全く必要とされない、意味が伝わらないという経験をしました。一方で、民間に出てからは、国内で野外を専攻する学生の学びが大学ごとにバラバラで、大学院修了といえども野外で指導するための基本的な知識、スキルが満たされていない経験をしています。これは、どの大学も個性をなくし、画一化しろというわけではなく、野外指導に必要な最低ライン(=スタンダード、基準)を満たして、その上で個性を発揮すべきです。これは民間でも同じこと。それがつまり資格と公認の融合ということでしょう。これらの基準が科学的に開発された場合、その結果は国を超えても大きく変わることはありません。学生時代に学んだことが、民間で即戦力となり、世界の野外指導者と共有言語で情報交換ができる。若者はそんな業界に憧れるはずです。そんな明るい野外の未来を作るためにも、世界基準の資格と更新によるアップデートが、私たちの共通言語となります。

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野外指導者必須スキルについて詳しく知りたい方は、アウトドアリーダー・デジタルハンドブックを参考にしてください。
本格的に野外指導を勉強し、指導者を目指したい方は、Wilderness Education Association Japanのサイトをご覧ください。