2025年4月、香港でWEAのCOEクリニックが開催されました。実は香港は、2008年にアジアで最初にWEAの団体ができたエリアです。今回のクリニックは、さまざまな理由から、活動を休止せざるを得なくなったWEA香港を復活させるためのお手伝い。香港以外にも、中国、台湾、マレーシアにもWEA指導者が活躍しています。そこで、国内にいるとなかなかわからない、WEAがアジアでどのように広がっているのか定点確認してみましょう。
香港
1997年にイギリスから独立した香港は、早くから英国系の教育体系が入ったため、OBHKの設立が1974年(OBJは1989年)、アジア初のLNTマスターエデュケーターコース(現レベル2インストラクター)が2005年に香港で開催されるなど、アジアの野外指導業界の先駆的エリアです。そのような背景の中、香港大学の野外教員のTerry ChanとMatthew Fungにより、WEAHKが2008年に設立しています。2009年には、香港内の自然公園でプレ遠征、台湾で本遠征を行う、約1ヶ月に渡り、のべ15日間のWEAコースが開催されています。
その後、Terryの退職や、Watthewがカナダに移住するなどして、WEAHKの求心力がなくなり、組織としては休止状態。そんな中、彼らの指導を受け、現在国際ガイド業を営む、Hak Chun Leungさん、イングリッシュネーム、ジュンが発起人となり、WEAHKを復活すべく、COEクリニックが開催されました。またHKのお隣のマカオ大学のChi Meng Cheangさん、イングリッシュネーム、マイクも、これに加わり、旧イギリス統治区の香港とマカオで、WEAが復活しております。
彼らの実力は本物で、香港のジュンは、国際山岳ガイド連盟(IFMGA)のガイド資格をもち、夏はヨーロッパアルプスでガイド業をしています。また日本の北アルプス、八ヶ岳でのガイド実績もあり、日本の登山文化、システムに対する理解度も高いです。マイクは、師匠が中国のアルピニズムの草分け的な存在で、本人もヒマラヤ高峰遠征の経験を持ちます。2025年9月に行われたLNTレベル3インストラクター成都コースにも参加し、WEAエデュケーターとLNTレベル3を武装した、岡村が目指している業界リーダー像となりました。
香港とマカオはいずれもWEAフルコースをやるには、エリアと自然資源がコンパクトすぎるので、これまで通り、アジアを股にかけたWEAコースが展開されることが期待されます。WEAJとのコラボもかなり現実的なチームです。
中国
言わずもがなアジアの大国ですが、多くの日本人野外指導者が持っているイメージとは異なり、中国の野外指導者は、日本とは次元の違う圧倒的なテクニカルスキルを有しています。それもそのはず、彼らのフィールドは、普通に4000m以上、トップレベルになると、当たり前のように8000mのガイドができるレベルです。そのような業界のいちリーダーで、WEA中国の設立の推進役になっているのが北京体育大学の野外教員であり、中国国家登山協会の指導者であるZhang Yanjie、ユンジェです。
中国とWEAの接点は2017年に遡ります。2017年にミシガン州で行われたWEAカンファレンスに付属して行われていたCOEクリニックに、すでにNOLSのセメスターコースを終えたユンジェが参加したことに遡ります。岡村は、毎年参加しているレギュラーメンバーになっていたので、アジア人のカンファレンス参加者に興味深々で、必然的に彼との会話が弾みました。彼も北京体育大学で、中国の野外教育の専門性、産業化を目指し、さまざまな障害と戦っており、私もかつて大学人であり、彼の境遇をよく理解できることや、まさに自分もそこと戦っている共鳴的な出会いが、中国のWEAの起点となりました。
2023年、中国のLead Climbという、アウトドアプロバイダーから、L2コースのオファーをいただきました。当時のアジアでLNTの国際ブランチは日本だけであり、L2コースを指導できる、つまりL3であり、かつ英語で指導できるのは岡村だけだったので、いただいたご縁です。雲南省大理で行われたL2コースの通訳として帯同した方が、Song Wei、通称サンドスという女性で、彼女は、上記のユンジェと共に、野外指導業界の確立を目指し、協働している方でした。サンドスとは、コース中にLNTを超えて野外指導業界としてのWEAの機能、価値を共有し、コース後岡村の情報をすぐにユンジェと共有し、本格的にWEA中国に向けての動きが始動しました。
まず初めに、2023年8月のWEA花山コースにサンドスが参加してくれました。本人は幼稚園経営が仕事であり、ユンジェとのプロジェクトは事務局が役割で、野外指導者を目指す立場ではなかったので、岡村の能力やWEAコースのクオリティを見極めるための斥候が本来の目的だったのでしょう。結果としては、WEAコースの価値をより深く理解してもらい、かつ中国にはないWEAの教育メソッドの価値を感じてもらい、中国コースへの原動力となりした。
2024年に、ユンジェとサンドスらが協働する「山海明心(シャンハイミンシン)」というプロジェクトで、WEAのCOEクリニックと、LNTのレベル2インストラクターコースを開始しました。特に、COEクリニックには、中国の野外教育をリードする大学教員、民間事業者が集まり、これまでの中国にはない、WEAの教育手法に大きな可能性を感じてもらえたと確信しました。
ところが、COEクリニックは、結果としては、現在の中国にはミスマッチで、圧倒的なテクニカルスキルを持つ野外指導者はいますが、ウィルダネス教育という教育方法の落とし込みに3日間のCOEクリニックでは不十分でした。COEはとったものの、一向にWEAコースの運用が進まない現状を改善するために、2025年に、雲南省麗江にて、WEACOLフルコースを行い、確かな技術と教育力を持ったCOLとCOEが誕生しました。彼らはWEA USの登録も完了し、WEA中国の設立のコアメンバーとなっていくことでしょう。
LNTレベル2が100以上、レベル1は10000人以上で把握不可能という中国で、もしWEA中国が設立したら爆発的に広がっていくことは明らかです。また、自由度が高く、かつ圧倒的な自然環境の中で展開されるであろうWEAコースは、現在許認可ガチガチで何事もやりにくくなったアメリカと比べても、古き良きWEAコースを体現できる国といえます。今後WEAJのようにWEAを内政化でき、野外指導者がアクセルしやすくなれば、一瞬で日本を抜き去るポテンシャルを秘めたエリアです。
台湾
台湾も古くからWEAの概念が導入されたエリアの一つです。そのキーパーソンとなっているのが、台湾体育大学のGuan Jang Wu、通称グアンです。彼もNOLSのセメスターコースを終え、WEAのCOEクリニックを修了した数少ないアジアンの1人です。
彼との出会いは、2000年にアメリカのインディアナ大学で開催されたCoalition for Education of the Outdoorという、野外教育に関する横断的な分野の研究者が集まる学術集会に参加した時のことでした。当時学生だった私は、宿泊費を安く上げるために、泊めてもらったのがグアンの下宿でした。しかも当の本人がいない時に、当時インディアナ大学の学生だった友人の仲介で、勝手に部屋を使わせていただきました。部屋を出る時にお礼の気持ちを込めておいていったヒマラヤの写真集をまだ大切に持ってくれているという不思議な出会いから始まりました。その後、アメリカで学会や、彼が台湾体育大学に野外の教員として着任してからも親交は続き、何度も彼の学生を、花山キャンプにインターンとして送ってくれたり、WEAコースにも参加してくました。それらの成果が実り、WEAJと台湾体育大学は人材交流の連携協定も締結しました。
一方で、台湾内では、なかなかWEAの普及は進んでいないし、WEAのCOLをとってくれた学生たちも、それを活用できるような職に着けていないのが現状です。グワンは、台湾ではまだまだ野外の市場が成熟しておらず、資格を必要としなかったり、仮に高度なトレーニングを受けても、それを活用できような産業でないことを嘆いています。LNTもアジアで最も早くから導入されたにも関わらず、未だブランチでないことや(中国との政治的な理由もありますが)、さほどコースが行われいないことも同様の理由が挙げられます。
私は、だからこそWEAやLNTが必要と考えているのですが、大学人である彼が、アクションを起こすにも限界があることは痛いほどわかります。グアンの能力とビジョンを共有する人材が、大学、民間にもう少し育つのを待ち、引き続き協働していければと思います。
マレーシア
2023年のジャパン・アウトドアリーダーシップ・カンファレンス(WEAJ/LNTJ協働開催)のテーマは「アジアのLNT」でした。そのマレーシア代表として来日してくれたのが、現在マレーシアでWEAを推進するBrandon Chee、ブランドンです。
前年度台湾での国際カンファレンスで共にスピーカーとして呼ばれたマレーシアプトラ大学の野外の教員であるEvelyn Yeap、エブリンに、マレーシアのLNTを代表する適任者を推薦するようにお願いしました。彼女は、野外やLNTに関連するさまざま野外団体に問い合わせたところ、全ての団体が挙げた名前がブランドンとのことでした。エブリンとブランドは、これがきっかけとなり、現在も良いビジネスパートナーとなりました。
2023年4月に、ブランドンに初めて会うためにマレーシアを訪れたところ、LNTを超えて彼のタレントを知ることとなりました。彼はNOLSのセメスターを終えたことにより、L2コースを開催できるだけでなく、外来の野外救急法に経済的なアンフェアさを感じ、マレーシア国内で独自の野外救急資格を立ち上げました。これに加え、2024年3月に日本でおこなれたCOEクリニックに参加し、WEAエデュケーターとなりました。WEA、LNT、野外救急法、野外指導三種の神器を備えた彼は、まさにマレーシア版BCといっても良いでしょう。現在マレーシアのアウトドアのマーケットも急速に拡大中。プロバイダーがレクリエーションから、人材育成の経済価値に気づき始めた時、彼がマーケットを完全にコントロールしていくでしょう。
WEAアジア
現在、世界でWEAの同盟団体はWEAJだけです。これには長い長い道のりがありました。2013年の設立時には、団体名にWEAの商標権を使うところから、交渉がスタートしました。その後しばらくの間は、日本のWEA指導者は、本部と国内の両方に会費を払わざるを得ませんでしたが、その不平等を解消するために、2018年に同盟協定を締結し、経営的に完全に独立した組織となりました。国際同盟を持つことは、WEAにとっても歴史上初めてのことで、その都度当時の執行部と協議し、新たな協定書を協働で作り上げる作業を行ってきました。
現在、アジア各国がWEAを推進するブレーキとなっているのが、国際同盟までのガイドラインがないことです。協定書はあくまでゴールであり、それまでに、どのような条件を満たし、どのようなプロセスを経れば、同盟団体になれるのか指針がありません。WEAJは、これまでの実績をもとに、WEAの新たな理事陣と共に、国際同盟のガイドライン作りに着手しています。LNTでは、あまりにも高額なロイヤリティーが、アウトドアマーケットのまだまだ小さいアジア各国がブランチとなろうとする足枷となっています。一方WEAは、現行の同盟協定を踏襲するならば、どの国でも運営しやすい内容となっています。現在インターショナルスクールのアウトドアレクリエーションを中心に、マーケットが活性化しているアジアですが、今後アウトドアの教育や人材育成の可能性に気づき、WEAのガイドラインがスタンバイとなれば、各国の仲間たちが、アクションを起こす日も近いでしょう。
WEAアジア歴史年表
1998年1月インディアナ大学で開催されてCEO研究集会にてクリスキャセルと岡村との出会い
2002年6月奈良教育大学にてWEAワークショップを開催
2003年7月オクラホマ州立大学、奈良教育大学の共催でグランドティトンにてWEA_NSPコース(14日間)を開催
2004年6月奈良教育大学の主催で長野県北信にてWEAショートコース(5日間)を開催
2012年6月有志により長野県野尻湖でWEAプロフェッショナルワークショップ(5日間)を開催。参加者、実行委員でWEAJ設立準備会を設置。
2013年2月WEAJ設立に向けて、WEAと協議開始。連携協定のドラフト作成
2013年3月ラドフォード大学、WEAJ設立準備委員会の共催で、WEA_COE&COLコース(14日間)を開催
2013年6月第1回WEAJカンファレンスにて、設立総会
2013年9月日本人の指導による初のWEA COLコース(14日間)
2015年10月WEAJとWMTCが連携協定を締結
2017年2月WEA カンファレンスにてユンジェがCOEクリニックに参加
2018年10月WEAとWEAJが同盟協定を締結
2022年5月LNTJとWEAJが野外指導団体連携協定を締結
2023年6月JOLカンファレンスにてブランドンらアジア各国を代表するLNT指導者が集結
2023年8月WEA COL花山コースにサンドスが参加
2023年2月WEAとWEAJの共催でアーカンソ州にてWEACOL国際コースを開催。マレーシア、フィリピン、中国、台湾から参加。
2024年3月WEAJ主催のCOEクリニックにてブランドンがCOEを取得
2024年7月北京にては山海明心主催でCOEクリニック開催
2025年4月香港にてCOEクリニック開催
2025年5月麗江にてWEA COLコース開催
2025年6月JOLカンファレンスにて国際同盟ガイドラインワーキングのキックオフ
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本格的に野外指導を勉強し、指導者を目指したい方は、Wilderness Education Association Japanのサイトをご覧ください。














