中国の野外で何が起こっているのか?

この記事は、2025年に行われたWEAJ&LNTJ共同開催の第13回ジャパンアウトドアリーダーシップカンファレンスにおける、「ウィルダネスの教育力を科学する」というクロストークの一部を抜粋したものです。クロストークは、「ウィルダネス教育とは」「WEAコースの実際」「ウィルダネス体験の効果」というトピックで、一番最後に北京体育大学で野外の教鞭をとるユンジェ・チャンから「中国の野外教育」というテーマで発表をしてもらいました。最後の質疑応答では、8グループ中、6グループから最後の中国の話に質問が集中するなど、隣国の想像以上の発展に興味が集まりました。

ユンジェという男

講演より:ユンジェは、2015年にNOLSに参加したことがきっかけに、本格的に野外指導のキャリアをスタートさせました。その後中国登山協会の山岳指導、クライミング指導を歴任し、2018年に北京体育大学に着任し、大学で野外指導を開始した。大学教員の傍らアドベンチャー会社でのガイドを務め、デナリ、北極点、ムスタングなどのアドベンチャーガイドの他、テンシャン山脈でのリーダーシップトレーニングコースなども行ってきました。

岡村所感:ちなみに私の野外キャリアは、ドクター5年、大学10年、民間15年、合計30年。一方で彼は、たった10年で、すごいキャリアアップを果たしたのですね。特に、国策とも言える、中国登山協会で指導的な立場にあることや、海外の高峰ガイド経験があるのは、私にはたどり着けなかったこと。一方で、それを可能にしたのが大学のシステム。彼は1年間のうち5ヶ月は自由に研究、研修活動ができます。その間、民間で会社をやろうが、他団体で報酬を得ようが自由。今年の10月には、私と同じWMTCのイントラをとりにアメリカに半月滞在予定。私もWEA、LNT、WMTC+幼少研などやっておりますが、大学時代の経験から両立は無理ですね。日本の大学のシステムが、大学教員をサラリーマンかのように扱い、日本の国力を下げているのがよくわかります。

中国のアドベンチャーツーリズム

講演より:現在中国の多くの人がアウトドアに出かけるようになり、2025年にアウトドア産業の市場規模は、3兆元(60兆円)になりました。アウトドアギアの市場規模は、2019年の670億円(1340億円) から、2023年 は870億円(1740億円)に増加しました。近年ではアドベンチャーツーリズム会社の数も増加しています。これらを背景に政府も、アウトドアレクリエーションの環境整備を開始しました。2018年には、国立公園に関する国際カンファレンスが北京体育大学で開催されました。その後3年間で5つの国立公園が新たにできました。2021年にはアウトドアレクリエーションをサポートする法令が制定され、2030年にまでには100の高級志向の自然公園を整備する計画が示されました。同時に、アウトドアプロバイダーは何がハイレベルなのか世界に目を向けるようになりました。国際的なスタンダードが業界のニーズとなり、その例として、野外指導者は、国際山岳ガイド協会(IFMGA)の資格を取りたがっています。ユンジェと何人かの同僚は、2024年にネパールでIFGMAのガイドトレーニングコースをとりました。他の同僚はフランスに資格を取りに行っています。

アウトドアレクリーション人口の多くは、短期間、アクセスの良いフロントカントリーを楽しんでいます。ただし多くの人は十分の情報、技術を持たずに出かけ、環境への負荷につながっています。近年バックカントリーにも多くの人が出かけるようになりました。フロントカントリーよりも期間は長く、時間もかかりますが、素晴らしい自然体験を得られます。最後にアドベンチャーツーリズムついて、ユンジェがアドベンチャー会社で働いていたときは、7大陸の最高峰に登り、少人数で、高額な参加費となります。この5年間、アドベンチャーツーリズム会社は増加しています。 中国は古くから高所登山をやりやすい地形であり、アドベンチャーツーリズムに関しても抵抗はありません。1980年代から民間の会社があり、当時は稀であでしたが、今では多くの会社がアドベンチャーツーリズムを提供するようになりました。政府はこの動向に対して、安全面とオーバーユースによる環境面を心配しているため、入山許可を得ることは簡単ではありません。半数近くツアーが許可を得られないこともあります。今日ではアドベンチャーツーリズム会社は、より海外登山を提供するようになっています。歴史的にセブンサミットはとても人気のある旅行先となっています。

岡村所感:彼は、アウトドアツーリズムの階層を、「フロントカントリー」「バックカントリー」「アドベンチャーツーリズム」に区分しました。アドベンチャーツーリズムは、国内の高峰登山や、セブンサミットなど海外の遠征登山が含まれ、そのガイドは、IFMGAの国際山岳ガイドであること意味します。これが私が国内のATについて抱く違和感の理由です。国内では、トップガイドがATを目指すことは稀であり、観光事業者、通訳案内人が、ATガイドを目指します。そのため、結局ATTAがガイドの必須として示す、LNTも、野外救急も本当に必要なエリアでのガイディング行われれず、時には居酒屋ハシゴ酒を異文化体験、アドベンチャーと称する始末です。AT、LNTという横文字のみグローバルと言いながら、中身は国際的なスタンダートは全くの別物となってしまいました。もうアジアの小国で何をして、何をいってもバレないだろうという時代ではありません。

中国の大学における指導者養成

講演より:2018年からユンジェは同僚及び学生と共に、カナダのトンプソンリバー大学と交換留学をする機会を得ました。学生たちは、高いレベルの野外教育を学ぶことができ、教員にとってもそれらのカリキュラムを学ぶ機会となりました。カナダに行く前は、自分はガイドだと思っていましたが、カナダではガイドがより「シリアス」な言葉であることがわかりました。もしカナダでガイドといえば、それはIFMGAの国際山岳ガイドであることを意味します。その後、ガイドという言葉を使うことに慎重になったと同時に、本物のガイドになりたいと思うようになりました。

2019年以降、中国で多くの大学が北京体育大学を真似るようになってきた。同じくIFMGAの国際山岳ガイドを取るためにフランスに行った女性が教員を務める四川観光大学では、海外より高度なインストラクターを招聘し、レベルの高い野外専門教育を行っています。四川観光大学、マウンテニアリング、クライミング、アイスクライミング、バックカントリスキー、パドリングなど、さまざまなアウトドアガイドのスキルを学びます。現在では、さらに多くの大学がこのようなカリキュラムをやるようになりました。

岡村所感:大学での教育は、もう一周まわった所では追いつかないところまで来てしまいました。この根本の原因が大学の専門教育が、専門家つまり職業人のキャリアトレーニングではなく、キャンプ参加に対する教育となっているのが根本の原因です。大学院を修了したものでさえ職業に備えた資格を持っていません。また現在の野外の大学教員も無資格でアウトドアクティビティを指導しており、ガイドからしてみたら考えられないことが日本中の大学で行われています。産業は、教育機関があって成立します。いくら優れたキャンプ参加者を育てても、彼が指導者になることはありません。

もう一つが既存の資格体系です。これらのベースが市場の確保のために一般教養に合わせて作られていて、当たり前ですが、専門教育レベル、大学院レベルに見合うものではありません。これは、各種学協会のブレインを務める大学教員が、専門教育を担当できず、一般教養の教員であることの限界もあります。一般教養における野外の役割は専門家養成ではなく、生涯スポーツの実践者、将来展望への自己実現です。マーケットベースの資格体系ではなく、サイエンスベース、アカデミックベースに舵を切らない限り、大学教育がキャリアパスにはなりません。

なぜWEA

講演より:ユンジェは、NOLSのセメスターコースを終え、カナダでの交換留学への帯同中である2018年にウィスコンシン州で行われたWEAのCOEクリニックに参加して、COEを取得しました。このときにタイトと出会い、それぞれの国のアウトドア産業の発展について意気投合しました。その後、WEAコースを実施する機会はなく、NOLSのプログラムを用いてアウトドアリーダーシップコースをやっていましたが、中国人が中国でNOLSのインストタクラーになることはほぼ不可能でした。その後、タイトがCOEクリニックのリードインストラクターになったことを知り、2024年に中国でタイトをリードインストラクターとしてCOEクリニックを開催し、中国全土から集まった中国を代表する野外の指導者にWEAを紹介することができた。そして2025年5月に、タイトと共に中国で初めてCOLコースを開催しました。

なぜ、WEAを選んだかというと、一つはスタンダードがしっかりしており、アウトドリーダーになるためのカリキュラム、プログラム、そのベースになる理論や科学的根拠に感銘を受けました。また、WE Aの哲学に共感できました。別の理由としては、アウトドリーダーになるための全体像と、その細かい道筋が明白で、指導者になりたい人や、業界にとってとても価値があると感じました。アウトドリーダーになるためには、ハードスキルだけではなく、ファシリテーション、ティーチングなどのソフトスキルも必要です。WEAカリキュラムにはそれらの全てがわかりやすく整理されていました。最後に、プロフェッショナル(職業)になるためにはどのようにしたら良いのか指針があることです。 中国のアウトドア産業は急速発展しています。できる限り早く中国でWEAの団体を立ち上げ、中国のアウトドア産業の健全な発展を支えたいです。

岡村所感:ユンジェの講演は、アメリカと日本は違う、岡村が言っているだけというバイアスを完全に振り払うものでした。同時に、WEA Japanのメンバーにも大きな勇気を与えたのではないでしょうか。WEAは世界で認めらたスタンダードとプロフェッショナルとしてキャリアパスを提供しています。これはアウトドアガイド業に新たに参入しようとして若者、企業にとって、最短で、最高率でスタンダードを満たせる、非常にありがたいシステムです。ただ、社会の一般的な仕組みとして、大学がその役割を担うべきです。1970年代にWEAの創設者であるポールペッツォが大学教員と共に、大学教育に優れた野外指導者の育成カリキュラムを導入することを目的に立ち上げたのがWEAです。私たちは、まだそのスタートラインにすら立てていません。

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本格的に野外指導を勉強し、指導者を目指したい方は、Wilderness Education Association Japanのサイトをご覧ください。