2026年6月18-20日、シンガポール教育省で、2017年の「アウトドアアドベンチャーマスタープラン」の策定を主導した、スザンナ・ホーさんをメインゲストとして、第14回ジャパンアウトドアリーダーシップカンファレンスが大阪で開催されました。シンガポールの野外教育については、以前のブログ「シンガポールのアウトワードバウンド」で紹介しましたが、今回改めて彼女のキーノートからこのマスタープランについて紹介し、今後日本の野外が進むべき道について、考察したいと思います。

マスタープランは、かつての強い人材づくり、国づくりから、今日的なメンタルヘルスなどの社会問題の解決や、レジリエンスなど新たな教育目標の達成に向けて、新たに制定されました。マスタープランは大きく3つの柱でできています。一つはプログラム開発、2つ目はインフラ整備、3つ目は人材育成です。
プログラム開発

以前より野外教育の学校カリキュラムへの導入は活発でしたが、このマスタープランにより、約3-4万人に上る15歳人口に対して、4泊5日の教育キャンプを義務化しました。このキャンプの最大の特徴は、中3日、2泊3日の野外遠征を行うということです。
カリキュラムは、①各学校で、教育キャンプの準備をし、②複数の学校から数名ずつ集まる15人程度で4泊5日のキャンプに参加し、そのうちの3日間を施設の特徴に応じて、セーリング、ハイキング、カヤック、手漕ぎボートのアウトドアパスーツを用いして野外遠征を行い、③また自分の学校に戻った後に、キャンプのふりかえりを行うといった構成です。
シンガポールでは、国土の狭さと、早くから欧米型の野外教育が導入されたことにより、従来より、チャレンジコースよる野外教育が発展してきましたが、それらの十分なインフラがありながら、3日間の野外遠征に、未来の舵を切ったことは、ある意味原点回帰でありながら、アジア各国における今日の形骸化した野外教育に対して先進的であり、アジアであるべき野外教育の姿を示したのでのではないでしょうか?
インフラ整備

上述した、5日間のプログラムを、3万人以上の生徒に行うために、新たな施設が必要となり、国策として、OBシンガポールの新たなコニーアイランドキャンパスを建設しました。これにより、広さが12ヘクタールと、世界最大規模のOBセンターがシンガポールにできました。
民間であるOBの施設建設を国が行うなどうらやましくなる政策ですが、もともとOBシンガポールは国防省の管轄であり、今日も教育省の外郭機関として運営されています。
OBシンガポールは、それ以外にも2つのセンターを持ち、加えて、教育省は全土に野外学習センターを持ち、これらの施設が、5日間のキャンプの担い手になっています。詳しくは「シンガポールのアウトワードバウンド」へ。

インフラ整備で、もう一つユニークな政策が、自然公園やキャンプサイトを繋いだトレイルを全土に整備した「パークコネクション」です。これは、特にハイキングを用いた2泊3日の野外遠征のクオリティの維持に大きな効果があります。
シンガポールは「シティーオブガーデン(庭の都市)」と称されるほど、都市のすぐ横に素晴らしい自然公園が点在していました。究極に近代化した都市国家に物理的なウィルダネスはないかもしれませんが、これらのトレイルによって、教育に必要な心理的ウィルダネス環境を作ることができました。
人材育成

このマスタープランの運用に向け、野外教育産業における新たな業界基準が整備されました。シンガポール以外にも、オーストラリア、ニュージランドは国家資格があることで有名ですが、シンガポールの基準では、厳格な安全基準と共に、野外指導者の必須能力が示されました。この基準により、野外教育サービスの質と安全が保証されることとなりました。
また、今回のプレゼンでは、彼女の直接の担当ではないということで含まれませんでしたが、シンガポールでは6ヶ月間の野外指導者養成コースを国が運営し、以下のカリキュラムで、毎年40名ほど輩出されているとのことでした。
1. テクニカルスキル(各種冒険活動、チャレンジコース、野外救急)
2. リスマネジメント(危急時対応、ウォーターレスキュー)
3. ファシリテーション(リーダーシップ、チームビルディング、ふりかえり)
4. 身体的・心理的レディネス(体力、メンタルヘルスなど)
5. 業務適応(ロジスティクス、勤務サイクルなど)
プログラム開発に思う
シンガポールは、アジアの中で最も遅く独立した国の一つであり、最も小さな国家ですが、戦後の独立以来常にアジアの経済、金融をリードしてきました。野外教育についても同様で、シンガポールモデルは、アジアの野外教育に大きな影響を与えています。そのシンガポールが「野外遠征」に舵を切ったことは、今後のアジアの野外の進むべき道を強烈に示しています。
チャレンジコースなどのファシリティベースの教育より、野外遠征によるウィルダネスベースの教育の方が効果があることを示した研究として、ハッティエ(1997)のメタ分析が有名です。
John Hattie, Herbert W. Marsh, James T. Neill, Garry E. Richards.(1997) Adventure Education and Outward Bound: Out-of-Class Experiences That Make a Lasting Difference.
狭い国土でありながら、360度海という環境を生かした、セーリング、カヤック、手漕ぎボードなどによる野外遠征や、パークコネクションにより、心理的ウィルダネス(Wilderness of Mind)における野外遠征を開発しました。

また、重要なことは、このプログラムは、1954年に創設した、デュークオブエジンバラアワード(DofE)と完全にリンクしているという点です。このプログラムは、OBを作ったクルト・ハーンのもう一つの偉業であるゴードンストン高校にイギリス王室が卒業したことにより発案されたもので(詳しくは「デュークオブエジンバラアワード再考」)、OBから始まったシンガポールがまたこれにたどり着くのは自然といえば自然な流れです。
このプログラムでは、15歳で2泊3日の野外遠征を行うことがシルバーアワードの条件とされています。シンガポーでは、80%程度の学校がIBカリキュラム(詳しくは「What’s CAS」)を採用しており、学校キャンプが、DofEアワードを受けるために単位となっています。下図はアジアのIB校の概算ですが、国の教育制度の遅れた東南アジアでは、IB校の設立が活発であり、今後このシンガポールモデルが、アジアに広がることが容易に想像できます。

今、日本で備えることは、日本全国で、かつてあった野外遠征のコンテンツを再興することです。これは、アジアの中では日本がダントツ有利です。日本には古来よりの登山文化により、日本各地に安全なトレイルが整備されています。また、山域ごとに山小屋やテン場があり、2泊3日の遠征を簡単にデザインできます。
唯一問題となるが、テント泊です。テント泊について、社会は過剰にネガティブ感情を抱きます。法律的には、国立公園の普通地区ではOKですし、国有林でも事前申請を行えは不可能ではありません。学校教育で指導者がついていればほぼOKでしょう。これまで、伝統的な自由すぎるハイカーや、むしろ営林署の職員が誤った野営により大きなダメージを残してきたリバウンドです。やはり、野外遠征を実装させるためには、LNTをセットにして、社会の信頼を取り戻すしかありません。
インフラ整備について思うこと
以前のブログ「シンガポールのアウトワードバウンド」で算出しましたが、国内の国立、自治体が運営する公立の野外活動センターは330施設あり、日本の15歳人口100万人(シンガポールの30倍)をもってしても、5日間のプログラムが余裕で収まる計算になります。つまり、シンガポールのように新たなメガ施設の建設は不要です(もちろん修繕費という問題が現在深刻ですが)。
問題は、それらの施設の持つソフトです。1990年代前半に萌芽した我が国の環境教育の発展により、これらの施設のソフトは、環境教育という文脈で開発されました。また1990年代後半に活発化したチャレンジコースやネイチャーゲームなどのパッケージどプログラムにより、施設からのアウティングするソフトがほぼ全滅し、施設ベースの活動に傾倒しています。
この施設の持つソフト、装備や、遠征ルート、もちろん人材も含めて、もう一度立て直すことは一汗かく作業ですが、同時に必要なバックパックは、3000個で、せいぜい6000万円なので(もちろんバックパックだけではないですが)、数十億の空箱を建てるより最強コスパでしょう。
人材育成につてい思うこと
これまで、あまたの野外資格が国内に生まれてきましたが、そのどれもが野外遠征教育(Wilderness Expedition Education)の指導スキルを担保するものではありません。日本山岳ガイド協会は、2008のトムラウシの事故から資格制度を見直し、たった10数年で我が国にハイキングガイド産業という新たな職業を作りましたが、テクニカルスキルに偏り、教育、リーダーシップという視点は欠落しています。日本キャンプ協会もいち早くキャンプカウンセラーからキャンプディレクターに続く資格体系を作りましたが、アウトティングスキルはアウトオブカリキュラムです。
めちゃくちゃ手前味噌になりますが、アウトドパスーツを用いた野外遠征を通じて、参加者の教育を行うことのできる資格体系を持っているのは国内では、OBが起源であり、DofEと同じ哲学をもつWEAだけです。
今後、日本の野外が国家資格化を進めるか、既存の民間が資格体系を見直すのか、新たな民間資格を作るのかは分かりません。今わかるファクトは、日本でもアジアでIB校が急増していること、野外教育が行われている国でDofEの国内事務局がないのは日本とベトナムだけであること、アジアのIB校は、豊すぎる自然があることがバレてしまって、社会的安全性がアジアでダントツに高く、まだ品質が良いと思ってもらっている日本を冒険旅行先として興味を持っているということです。WEAという言葉を使わなくとも、その哲学とノウハウは、環境教育、施設ベースに振り切った人材育成の振りもどに確実に入らなければならないエッセンスです。っとスザンナのプレゼントを翻訳しながら改めて感じました。
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野外指導者必須スキルについて詳しく知りたい方は、アウトドアリーダー・デジタルハンドブックを参考にしてください。
本格的に野外指導を勉強し、指導者を目指したい方は、Wilderness Education Association Japanのサイトをご覧ください。