台湾冒険教育最前線

いやー、弾丸で行ってきました、台湾で行われた野外冒険国際学会(ちなみに中国語では戸外探索)。今回も、台湾先行ってるなーっていうのと、日本やべーなーっていうのをまざまざと体感してきました。日本だって、45年前に飯田稔が冒険教育をアメリカから持ち帰ってるし、OBJもあるし、PAJもあるし、団体としてのLNTJとWEAJは日本にしかないし、台湾よりもはるかに多くの大学に野外の教員はいるし、機構もあるし。。。。。。どうしてここまで差がついてしまったのでしょう。。。。。

まずは、学会の演題や発表者からも、その違いが見えてきますので、学会の内容をレビューしてから、なぜその違いができたのか分析したいと思います。


野外冒険教育学会レポート

キーノート

今回の国際キーノートは2題で、そのうち一題のパネラーの1人は、友人のグアンの学生で、アメリカの学会でもドミトリーをシェアした、ユンが呼ばれました。えーっとうとうあっちでPh.D.とって、あっちで就職したのね。いやーさすがです。もう1人は、ニュージーランドでPh.D.をとって、その審査員が台湾の大学の教員だったというつながりから招聘されたマレーシアの大学の先生。彼女からも刺激を受けたし、そもそも、ニュージーランドの大学のドク論の審査員として台湾の大学教員が依頼を受けること自体、日本やべーって感じですよね。

キーノート「野外冒険教育の国際動向」
Yun Chang, Ph.D.(イリノイ州立大学,アメリカ)
Evelyn Yeap Ewe Lin, Ph.D.(テナガ大学,マレーシア)

もう一題は、LNTがらみのため私が呼ばれました。もう1人は、2013年のWEAコースでマスターエデュケーターの資格を出すために招聘したベンでした。実はこのカンファレンスがきっかけで、今年の12月にマスターエデュケーターコースができることとなった、日本のLNTにとっても、この学会はめちゃくちゃ深く貢献しています(この重大さが理解できている方は素晴らしい)。台湾は、未だ大学教育のステイタスが高く、私以外は、全て大学教員ですが、日本の大学から、LNTで招聘できる人材がいないのも寂しいところです。

キーノート「LNTによる持続可能なアウトドア」
Benjamin Rush, Ph.D. (アラスカ大学,アメリカ)
Taito Okamura, Ph.D. (backcountry classroom Inc,日本)

フォーラム

全体会としてのフォーラムは以下のようなラインナップでした。バリバリの登山家の方や、海洋教育、学校体育の教員など、幅広い方々が、参画しているのが印象的でした。発表はさすがに中国語なので、内容までは分かりませんでした。リテラシー教育という言葉が目立ったことや、女性指導者の堂々した発表が目立ちました。

「冒険教育と登山教育」
「野外冒険教育におけるジェンダー問題」
「野外冒険教育にけるクロスドメイン(多様性?)」
「野外冒険教育におけるリテラシー教育」
「野外冒険教育、体育、リテラシー教育」
「アフターコロナの野外冒険教育」

研究発表

以下、研究発表の演題です。参加はできませんでしたが、視点が日本よりやや広い気もしますね。ボードゲーム、野外救急、ロープスコースのハイエレメント、登山ガイド、マーケティング、産業などの視点は、日本野外教育学会では、見かけることがないテーマです。

「野外観光におけるボードゲームとシナリオゲームの統合」
「冒険教育指導者の専門教育の研究」
「野外救急法の法的考察」
「日月湖景観エリアのリーフレット及びウェブサイトにおけるイメージシェーピング戦略の研究」
「中学校のツリークラインミングを対象としたコンピテンシーベースドカリキュラムの検討」
「台湾におけるコロナ禍の野外教育産業のチャレンジと戦略」
「大学教育においける登山ガイド養成プログラムと野外教育カリキュラムの統合」
「ハイ・ロープスコースのカリキュラムデザイン」


なぜ台湾の冒険教育は発展しているのか?

ベースライン

山岳国家

みなさん、台湾のイメージってどんな感じですか?沖縄の南西のさらにトロピカルな感じですか?もちろん地理的には亜熱帯に属しますが、沖縄のイメージとは全く異なる、山岳国家です。日本の3000m峰が21座に対して、台湾は200座以上あり、最高峰はなんと富士山より高い3953mの玉山です。つまり、アメリカ型の冒険教育を行う地理的条件が整っているのです。これに関しては日本にも負けず劣らず、素晴らしい山岳環境はありますので、まずは互角ということでしょう。ところが、さらにエグいのは、台湾の東海岸は、これらの3000mが一気に海に落ち込んでおり、究極の沢登りのフィールドが広がっています。黒部レベルは普通すぎて特に名前もないという感じです。このフィールドで磨かれたスキルが台湾のアウトフィッターにはあります。

英語×中国語のハイブリッド

台湾の英語力はアジアのちょうど中程度です。トップ4はシンガポール、インド、マレーシア、フィリピンで、母国語が英語の国の植民地であった歴史がでかいです。一方日本は言わずと知れた最低ランク。台湾は中程度といえども、大学レベルで英語は当たり前。学会レベルでは通訳なしで、問題なし。みんなイングリッシュネームがあります。更なるアドバンテージは、アジアの40%の人口が話す中国語が母国語。これは、トップ4にはない強みです(シンガポール、マレーシアは一部の華僑が話しますが)。つまり、英語と中国語を話せることにより、アジアと世界の両方と情報交流ができます。

リベラルな外交・国民性

中国と台湾の関係は、詳しくわからないし、特別の意見はありませんが、歴史的な背景から、中国から独立?して、他国から積極的に情報や技術を仕入れることを厭いません。現在でも、東南アジアとの経済的、学術的な連携を強化する政府の方針があるとか。かつ、日本みたいに高飛車にならず、リベラルな国際交流を求めます。国民性も男女の垣根も低いですし、大学教員と学生もイングリッシュネームで呼び合うフレンドリーさで、自由で平等な関係性を好みます。これにより、いいものはいいと考え、世界中から良いものを取り入れる姿勢があります。日本のように、先生の言うことに迎合し、他のコミュニティーの情報を拒絶することはありません。


冒険教育の発展の要因

大学・登山家・学校教育の融合

日本では、日本野外教育学会に、日本山岳ガイド協会のガイドが呼ばれもしない限り来ることはないし、逆に大学教育がガイド資格を持とうともしません。また、このような場に、学校教員はまず無縁です。学校から命令がない限り研修はしません。台湾の学会では、この異分野(本来は同じ分野)の方が普通に一同に会しています。学校教育の中で、教員が野外活動をやりやすい環境にあるのも一因かも知れません。アメリカでは、学校でそこまで野外が行われていないため、学校教員を学会ではあまり見かけませんが、登山家やガイドは学会でも見かけます(もっとも、ガイドとエデュケーターのボーダーが日本ほどない。ガイドもエデュケーションするし、エデュケーターもガイド並みのハードスキルがある)。日本は、内集団大好きな国民性なので、結局それぞれバラバラで活動し、知識もスキルも蛸壺化します。

欧米生まれのPh.D.陣、その指導教員が冒険教育研究者

野外の学術に関しては、台湾も日本同様後進国ですので、数年前までは国内でPh.D.スクールがなく、現在の野外の大学教員たちは、皆欧米で学位をとっています。親友のグアンはインディアナだし、グアンの後がまのチュン・チーも、同じくインディアナ。これだけで国立台湾体育大学はこれから数十年磐石です。それ以外にもオーストラリアと、野外に関しては欧米のPh.D.が当たり前となっています。しかもその指導教員たちが冒険教育の専門家。一方、日本で初めてPh.D.をとり日本の野外を牽引した飯田稔のアドバイザーのベティ・バンダー・スミッセンは組織キャンプ寄り。彼がトレーニングを受けたのもペンステイトの組織キャンプ場。日本の冒険教育の第一人者であはりますが、OB、NOLSは未経験です。一方、グアンは、NOLSでトレーニングを受け、アジアで唯一NOLSのコースを指導できる立場。そして、彼らが現在台湾の野外のリーダーです。そりゃ、欧米並みになりますよね。一方日本は、私は国内だし、林綾は、インディアナですが、博士課程をもつ大学ではありません。野外において、欧米のPh.D.によるスクールはゼロです。さらに、日本には論文博士なる、摩訶不思議な学位システムがあり、博士課程で修学しなくても論文を書くだけで博士号がもらえます。これにより、自分の研究分野しか知らない学者が論文指導をするため、次世代の学者が育ちません。当然博士号の合格ラインも国際レベルがから大きく劣っているため、欧米で厳しい(普通の)システムでトレーニングされた台湾の学者とは大きく水を開けられても仕方ありませんね。

アメリカの学会参加が当たり前

海外でトレーニングを受けた大学教員にとって、海外の学会参加は当たり前です。これにより、海外のトップリサーチャーともつながり、当然いいなと思えば、国内に招聘します。冒険教育研究の世界最高峰、Association for Experiential Education(AEE)の、アジア版、Asian Association for Experiential Education(AAEE)も今年で10回目を迎えました。ありがたいことに、恩師飯田稔先生も、2018年にお呼びいただきました。それ以外にも、野外の学者であれば知らないはずのない(日本の学者は知らないかも知れませんが)ビックネームが毎年名前を連ねます。彼らの来台は、次世代の学生たちの目を世界に向けさせ、また、世界トップクラスとつながる機会を与えます。私も、WEAJで毎年世界のビックネームをお呼びしているのですが、我々のやり方が悪く、日本の野外の学生たちが世界に目を向けることにはうまくつながっているとは言えません。この冬、世界最高峰の冒険教育研究者であるサイモン・プリーストを日本に招くことができたのも、AAEEが招聘したおかげです。日本の野外は台湾に計り知れない恩恵を受けています。


じゃあどうする!?

社会は人が作り、人が人を育て、その人がまた次の人を育てます。そのため、日本の野外のこの流れはそう簡単に変えられませんが、絶滅を止める手段は以下の通りです。

野外スキル

野外の指導者である以上当たり前ですが、野外のスキルを身につけましょう。これは、我流や、ゼミの教員から教わったのではなく、それがグローバルスタンダートとして、妥当かどうか自分で検証しましょう。私たちが専門職として産業を構成する以上、誰でもすぐできることでお金を稼げては(実際稼げていませんが)産業としてつじつまが合いません。特定のトレーニングを受け、特定のオーソライズを受けたものを、専門スキルと言います。それを提供するのが大学であるべきと考えますし、残念ながら学生時代にそれに出会うことのできなかった方のキャリアパスのために協会による再教育があるのだと思います。ボランティアレベルのスキルで通用する産業に、大学教育は不要で、将来的な大学における野外コースの淘汰になるでしょう。

博士号

博士号が大学教員の免許であるという価値観が大学野外にもようやく定着しつつあり、多くの大学教育が博士号にチャレンジするようになったのはとても素晴らしいことだと思います。一方、そのほとんどが論博というシステムで、それを指導する指導教員も論博なので、負の連鎖を止めることができません。私が国内のPh.D.スクールの教員であった経験からも、体育に関して、まだまだ発展途上の段階と言えます。野外だけでなく、体育全体の研究者育成も考えても、今はまだ国内で完結せずに、まだまだ海外に学ぶ段階です。アジア諸国は国内でPh.D.をとるという意識は低く、みな欧米の優れたシステムを学びます。今、すでに大学に就職していても、たとえ家族がいても、Ph.D.を目指す方は、海外にチャレンジすべきです。海外では、一度現場に出てから、Ph.D.スクールに入り直す方が一般的です。その数年間は、皆さんにも、ご家族にも、日本にも、とてつもなく大きな経験となります。自らが負の連鎖の一部とならぬために。

グローバル

これはもう避け難いです。一つは国際基準という考え方と、もう一つは海外のネットワークという意味です。国際基準に関しては、ガイド業界では、すでに国際基準との整合性の議論や設計が始まっています。同じフィールドを扱う野外教育者が、彼らのスキルと大きくかけ離れることは、我々がフィールドから追われることを意味します。もちろん、野外教育を施設の中だけの教育と定義するのであれば、ガイド業界と関わることはないですし、多くの指導者が野外教育家の肩書きをあっさり捨てるでしょう。もう一つのネットワークについて、日本は完全に情報のネットワークから置いて行かれているということを理解しなければなりません。個々の指導者の能力は本当に素晴らしいのに、日本という狭い世界で、誰かがリーダーかとか騒いだところで、誰も見向きもしません。どんどん、海外の学会に参加して、自分の立ち位置を理解したり、世界のリーダーたちとつながってほしいところですが、学会に行っただけでは、コミュニケーションも取れませんし、本物にそう簡単にたどり着くものではありません。まずはWEAJ、LNTJが招聘する、本物の研究者、実践者とつながってください。本物となるためには、それなりの実績のある方ばかりですが、本物であればあるほど、本当に気さくで、器の広い方ばかりです。彼らとつながり、海外を感じ、世界に羽ばたく足がかりにしてほしいと思います。

冒険・ウィルダネス教育は、日本が世界に恩返しできる、唯一の野外教育の手法の一つであると考えます。この思想を入れた先駆者たちの努力の結晶を我々は、引き継ぐことができませんでした。

この度、世界的な冒険教育の理論書である、サイモン・プリーストのEffective Leadership in Adventure Programmingのフィールドブックの翻訳版を、OBJ、PAJ、WEAJ、LNTJの4団体、そして、多くの大学教員の力で、発刊することとなりました。この理論書の発刊や、彼の来日が、少しで我々の明る未来の軌道修正に役立つことを期待します。

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