アイルランドがなぜ世界で最もLNTが成功した国になったのか

第13回アウトドアリーダーシップカンファレンス。LNTアイルランドCEOモウラ・ケリーがとうとう来日してくれました。世界4つのブランチのうち、LNTが最も成功したと言われる国。彼女のプレゼンには日本が学ぶことがたくさんあるはずです。前日から打ち合わせの準備をし、夜にはインターナショナルソーシャルをセッティングして、彼女の到着を今か今かと待ちわびていたところ、ロンドンで飛行機トラブル発生、フライトチェンジで日本まで55時間、会場入りが発表1時間前、カンファレンスが始まったオープニングセッション中という。その間、トランジット中に発表資料のやり取りをしたり、ホテルの予約を取り直したりと、人知れず2人してバタバタの中、何とか平然を保ち迎えたキーノートでした。なんかこのトラブルが、モウラとの絆をより強めたような。トラブルはチームを強くする。

モウラとの出会いは、LNTJ設立後に定期的に行われるオンライン国際会議ですが、その前よりUSよりアイルランドは素晴らしい成功を収めていると聞かされました。その後、アイルランドにワーホリで行くという後輩から、現地レポートをしてもらったりと、何かと気になっていたアイルランド。オンライン国際会議では、基本おだやかですが、時には歯に衣着せぬ発言で、シャープな方だなあっと印象を持っていました。そして、2024年10月のLNTグローバルサミットの際に、とうとう対面で出会う機会となり、案の定意気投合。その場で、来日を約束してくれるというフットワークの良さとホスピタリティの溢れ出る素敵な方です。

モウラ・ケリー

モウラは、アイルランド西岸のウェストポートで、現在ご主人と子供2人とくらいしています。幼い頃から学校のキャンプなどでの経験を通じて、将来アウトドアの仕事をしたかったそうですが、当時はアウトドアは仕事にならず、そのようなことをしている大人は「変わり者」と思われていました。その後大学を卒業し、大使館の職員や、貿易会社で働きました。履歴書としては、成功しているように見えますが、アウトドアのことは全くできませんでした。そして2009年にそれまでの仕事をきっぱりやめて、突然アウトドアガイドのトレーニングを始めました。その数年間は私の人生の中でも最も素晴らし時間でした。ハイキング、スキー、ヨットでの大西洋横断、アイルランドでの遠泳などを行いました。多くの時間を子供達と過ごすこともできました。その後も4年間、アウトドアガイドや大学のチューターとして働きました。

アイルランドの自然は素晴らしく、守らなければなりませんが、当時はどうやって守って良いのかわかりませんでした。そこで、改めて生態学や自然保護の勉強を始めたところ、週に2日だけ、LNTで働く機会を得ました。そうして、アイルランドLNTで仕事を得ました。

今から10年前は、予算は、30,000ユーロ(450万円)で、どうやってLNTを進めたら良いかまだわかりませんでした。多くの人と話し、ボランティ活動や、LNTのトレーニングをしました。5年間かけて様々なことにチャレンジした結果、LNTを進めるために強力な理事組織が必要であることにたどり着きました。現在の理事は皆、国際的な環境問題に関する知識やスキルがあり、アイルランド国内から最高の人材を集めました。この理事陣で、アイルランドLNTのビジョンを定め、アクションプランを定めました。

多くのステークホルダーとも、私たちのビジョンを共有しました。また、アイルランド国民にも情報を発信し、信頼を築きました。ただ、それは簡単のことではありませんでした。最初の5年は予算にも限りがありました。登山家が、一歩でいける山頂はないというように、その歩みはまさに一歩一歩でした。日本が4年間でここまでに成長しているのは素晴らしいことです。

アイルランド

アイルランドは、日本のだいたい4分の1で、人口は600万人です。大きさも人口もちょうど北海道を同じぐらいです。アイルランドの自然は、ヨーロッパ最大の海岸段丘があり、パフィという野鳥など多くの野生動物が生息しています。

一方で、アイルランドは「世界で最も自然が枯渇した国」と言えるかもしれません。国土の85%は農地など、野生動物の生息に相応しくない土地です。その46%が現在も悪化しています。このような情報を発信し、アウトドアレクリエーションによる負荷を提言しています。

例えば、ある山では、ハイカーによって、登山道が5mの幅から30mに広がっています。また、BBQによって、海岸の丘陵が40kmにわたり、火事になりました。また、家畜も自然に対する大きなプレッシャーとなっています。アイルランドでは85%が私有地なので、政府の管理も難しく、土地管理が大変複雑です。ダブリンのフェニックスパークは、シカに近づいて写真をとったり、餌をあげたりといった問題も起こっています。海岸線のトレイルの崩壊、外来種の問題もあります。

これらの問題は特にコロナ後に深刻になっています。レクリエーション団体による調査では、98%の国民がアウトドアレクリエーションをしているという国民性です。また、55%の国民が、コロナ後に新しいアウトドアレクリエーションを始めたと回答しています。これらのすべて自然に対して大きなプレッシャーを与えています。

アイルランドLNTの進撃

LNTアイルランドは、現在アウトドアレクリエーションに関する政策の諮問機関のメンバーになっています。これにより、LNTは国民に広く認知され、LNTアイルランドの役割や、国家的な環境問題にどのように役に立っているか理解するようになりました。LNTの特徴は、すべてのセクター、つまり陸上だけではなく、水辺なども含めカバーしているということと、フレームワークが科学的根拠に基づいているということです。LNTアイルランドは、「社会的企業」のロールモデルとなりました。また、アウトドアレクリエーションに関する欧州の政策会議にも参画しています。この5年間は、国内外でLNTアイルランドが急速に成長しました。現在では数千のメンバーと、毎年6万人の子供達にLNTを教育しています。また年間1万人に対してLNTをトレーニングしています。現在フルタイムの職員は19名まで増加しました。

LNTアイルランドのアクションは、3つの柱を設けました。一つ目は、国民の環境に対する責任感の育成です。現在1000人のメンバーが様々なプログラムやプロジェクトでこれに関わっています。次に、自然保護です。地域社会と連携し、様々な自然保護プログラムを行っています。最後にリーダーシップです。

まず教育ですが、年間を通じて、数千のコースを提供していて、160の公認団体があります。インターネットからダウンロードできる教材は500を超えます。

様々な青少年教育団体と連携し、年間6万人の子供達にLNTの教育を行っています。

3年前には新しいプログラムを大学と共同開発し、自然保護、自然解説のカリキュラムにLNTを導入しました。このプログラムは将来、国立公園、パークレンジャーなどのなりたい人が参加します。

続いて2番目の自然保護です。現在LNTアイルランドは1000をこえる団体とのネットワークがあります。この5年間、アウトドアレクリエーションやツーリズムに関する機関に参加を呼びかけました。例えば、スポーツ省、林業省、地方自治体など。また多くの企業や、指導者団とのネットワークもあり、自然を守りたいと考えるすべての団体が参加しています。

自然保護に関する3つ事例を紹介します。一つ目は、クロウパトリックアンバサダープログラムです。ここでは、土壌侵食、オーバーユース、犬、ゴミなどの問題が起こっています。LNTアイルランドは地域と連携し、このプログラムを作り、この地域を守りたい35名のボランティアが参加しています。ボランティが実際に山に入って、ハイカーに対してLNTを教育します。その結果、このプログラムはアイルランドのナショナルアワードを受賞しました。

2つ目の事例は、海岸線の砂丘の保護のプログラムです。地域住民がLNTを学習し、気候変動による海岸の侵食を防ぐために、マロン草という植物を植樹したり、フェンスを立てたりしました。

最後の事例は、ダークスカイプロジェクトです。地域社会と協力し、光害を減らし、夜の生態系への影響を最小限にするものです。

これらの地域との連携は長期的に調達しやすくするといった効果もあります。

コーポレートプログラムも、3年前から始めました。現在は資金の28%である約100万ユーロ(1億5000万円)は、企業からのサポートです。会社の職員を地域のコミュニティとつなげ、様々な自然保護活動を行っています。

最後の柱がリーダーシップです。コロナ禍では、人々は地域に閉じ込められた結果、自分の地域で何ができるのか目を向けるようになりました。その結果、新しいビジターが増加した結果、新たな環境問題も生まれました。政府や議員と協力して、”Love This Place”というキャンペーンを行い、20万ユーロ(3000万円)を集めました。このキャンペーンは大いに成功し、LNTが550万人のひとの目に触れ、インフルエンサーやアンバサダーを使ったSNSには200万人以上がアクセスし、現在アイルランドには”Love This Placeの日”があります。

いくつかのキャンペーンの例を挙げると、パフィの繁殖期には、犬の散歩する場所に注意するような情報を発信しました。

こうした活動が認められ、2024のSDGsのナショナルチャンピョンになりました。それ以外にもこの3年間は、国内の数々の受賞をしました。たとえば、アイルランドでも最もインパクトのあったNGOであるとか、チャリティー活動に関する賞などを受賞しました。これらはLNTの重要性を認識することにつながりました。

アイルランドLNTのビジョン

私たちのビジョンは、最も教育プログラムを広げることです。また、パートナーシップももっと強化していきたい。さらに、研究資金を確保し、持続可能な成長戦略を続けていきたい。

最後の言葉として次の言葉を残したい。”If you want to go fast, go alone. If you want go far, go together. (もし早くいきたいのであれば1人で行きなさい。もし遠くへの行きたいのであれば仲間と一緒に行きなさい。)”LNTジャパンを心から応援しています。ここにいる全ての人は素晴らしいことをしています。この4年間でここまで発展したのは信じられないことです。大きな成功を収めるためには焦る必要はありません。みなさんのためにアイルランドはできる限りのことをします。一緒に歩みましょう。

所感

①リーダーシップ

LNTアイルランドの成功は、本当この数年で一気にブレイクしたんだなあとうことがわかりました。コロナによる社会課題や新たな起こった環境問題などを、うまく追い風にしたことがよくわかりました。ただ最大の要因は、やはりモウラのリーダーシップに他ならないでしょう。大使館員としての知性、政府との交渉力、国際感覚。貿易会社で培ったビジネスセンス、マーケティング力など、そのすべてがLNTアイルランドの成功の成功につながってます。また国内の名だたる賞を総なめにするなど、一般性も備えています。私がこれからこのような素養を身につけることができるかといったらおそらく無理ではないかと思います。もちろん欠落したピースですので補いたいとは思いますが、そう簡単に身につけられるものではないですし。今後LNTJのさらなる成長のために必要なことが見えてきた気がします。

②ローカルコミュニティー

地域社会との共同プログラムが、LNTの認知を高め、地域のLNT指導者に活躍の場作り、持続的な資金を調達し、何よりも地域の環境問題を解決するために非常に重要であることを確信しました。現在LNTJでもスポットライト強化し、上記の目的にアプローチしています。また、地域連携、広域普及協力連携などのプログラムもでき、いくつかの自治体や、公園・トレイル管理団体と連携しています。今後、よりコミュニケーションをとり、成果が見えるかできるような、積極的なアクションがより必要と感じました。

③ネットワーキング

とにかくネットワークの幅が広い、大企業、政府機関、地方団体、指導者団体、教育機関など、これ全てに足を使って話に行ったんですよね。確かに、LNTJを立ち上げるときには、最強理事会発足のために、日本全国を飛び回りましたが、設立以後のネットワークキングは、少しひと任せのところがありました。みなさんご存知の通り、私はLNTJの職員ではないので、LNTJのために足を使う時間には限界がありますが、やはり人と人は会って話さないとですね。これは私の人間関係観ともフィットしますので、ちとターゲットが広域、広範囲ですが、もっともっと人と会いたいなあっと思いました。

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