日本の野外は今世界のどこ?

いやあ、心地よい刺激を残して、サイモン・プリーストの3週間の日本滞在が終わりましたね。世界のトップ中のトップに会うたびに、人としての器の広さと、野外指導者としてブレない姿勢に刺激を受けます。

福岡、大阪、東京と、3都市において、リサーチワークショップを開催しました。皆さんにお伝えしたいことは山ほどありますが、どの会場も一番盛り上がったのが、野外教育の成長曲線で日本は今どこにいるのかといったワークでした。今回は、3会場の結果と、岡村的考察を紹介します。

世界の野外の成長曲線

1992年(Priest, 1997)
2017年(Priest, 2018)

こちらは、世界各国の野外教育の産業としての成長曲線を示したものです。上図は1992年のもので、学生時代にこの論文を見たときに、日本が入っていないことに衝撃を受けたのを覚えています。一方で、我々は日本の情報をほとんど外に発信していないので、世界から見れば、「日本に野外はあるのか、ないのかわからない」というのが現実です。

下図は四半世紀経った、2017年のもので、Effective Leadership in Adventure Programmingの第3版を出版するにあたり、リニューアルしたものです。これを見ると、現在トップはカナダとアイルランドということですが、アイルランドは世界で一番LNTが成功している国と言われているので、この結果を裏付けますね。全体として当たり前ですが、右に移行していますが、25年経ってそれぞれのステージの約2分の1程度成長しているということです。つまり、仮に今「生まれた」としたら、ピークを経験するためにはあと125年かかるということです。私はよく、大学教員の任期を理由に、私の目標を達成するために、100年かかると言いますが、まさにこの成長曲線がそれを裏付けています。

基準

サイモンも、成長曲線のグレーディングを直感でやったわけではなく、以下の基準に基づいて評価しました。彼はこれまで世界50カ国で野外の客員教授などで、その国のことをよく知る機会に恵まれ、それが成長曲線に反映さています。彼が日本に来るは今回初めてなので、日本がなくて当たり前ですね。

誕生成長ピーク衰退
プログラム初期のプログラムが好奇心や熱狂的に受け入れられる新たに大量に始められたプログラムに対しては、懐疑的に受け取られるプログラムが、定型的、より専門的、多様になるプログラムの数が減り、融合、組み合わさる
施設ほとんど施設がなく、ほとんどのプログラムがベースキャンプから行われる施設が増加し、人工的な環境が初めて使用される人工的な環境や公式なセンターに過度に依存するランニングコストがかかり、施設の経費が削減され、減少する
プロフェッショナル組織の職員や野外指導者への基準があいまいなまま採用する最初の専門的な組織ができ、最初の全国会議が行われる最初の学術雑誌、テキストブックが出版され、類似した組織ができる研究が少なくなり、発表が遅く、独創性が失われ、価値の証明に失敗する
自然環境より多くの人がレジャーのために野外に出かける利用者が増加し、環境へのダメージが顕在化する環境の利用制限が政府によって行われる政府の制限や、訴訟が、野外プログラムの活動を制限する
安全野外活動への参加や、参加者同士の問題や事故が起こり始める事故の頻度が増え、野外活動の安全が社会の関心となる安全のために科学技術が活用されるようになり、個人の判断よりルールに従う死亡事故が多発し、野外指導のイメージを傷つける
実践プログラムの実践については、初歩的な自己点検のみである共通に許容される実践レベルが認識されるようになる実践の基準ができ、倫理観が意識されるようになる専門家の実践基準として、倫理規程が必要とされる
資格資格の初期の試みが(部分的な資質に限られていたため)失敗する高等教育機関が指導者養成の役割を担う個人に対する資格から、プログラムに対する公認に変化する公認や、政府の認可が義務化される
指導者野外指導者資格の基本はハードスキルに限定される(ハードスキルに加えて)ソフトスキルが指導者の重要な能力となる(ソフトスキルに加えて)メタスキルが指導者の能力の評価基準となる指導者のバーンアウトが散見され、問題視されるようになる
訴訟訴訟になることがほとんどない法的防衛の不備により訴訟の数が増加する訴訟への恐れにより、定型的な意思決定をするようになる死亡事故で初の刑事訴訟が行われ、さらに増える見込みがある
ファシリテーションない(レクリエーション目的がほとんどである)基礎的ファシリテーション(教育目的が中心である中級的ファシリテーション(人材開発目的が中心である)上級的ファシリテーション(セラピー目的が中心である)

3都市の調査結果

3都市の平均を下図に示しました。会場の多数派の意見により、誕生期1、成長期2、ピーク3、衰退4とグレーディングしました。全体の平均として、福岡が1.7、大阪が2.3、東京が2.1で、全国平均で2.03という結果になりました。つまりちょうど成長期ということですが、福岡は参加者が全体としてフレッシュでしたので、よくわからない。大阪は、結果が組織キャンプと混同している。東京は、アジアではトップでいたいというバイアスが結果に反映したような気もます。この結果の信頼性はさておき、各会場の結果は結果として見ていきましょう。

前提

今回のワークをやるにあたり、まず大きな問題となっているのが「アウトドアリーダシップ」という概念が日本にまだないことです(この段階で誕生期ですが)。アウトドアリーダーシップの説明は過去のブログに託すとして、サイモンの専門性が「アウトドアリーダシップ」なので、このデータもその産業を対象としています。ある会場で、「組織キャンプは含まれますか」と質問があったのですが、「野外指導」といってもなおさらわからないので、ひとまず「冒険教育で考えてください」と答えましたが、その概念すらまちまちですものね。

プログラム

各会場もと成長段階と評価しましたが、岡村も同感です。基準がないところで、まさに玉石混淆といったところではないでしょうか?企業研修でも、野外研修をやる業者も増えてきているようですが、うちの強みは、なんといっても講師陣にWEA、WFA/WFR、LNTの有資格者を素添えているところですかね。現場は、成長期の定型的になることを嫌がりますが、基準の上にオリジナリティがあるので、今の個性を生かしつつ、根底で共通言語を持てるようになるといいですね。

施設

大阪が、衰退期と評価したのは、長い組織キャンプの歴史と、その伝統的なキャンプ場が閉鎖されている背景から理解できます。実は、我が国の青少年教育施設のような公共の野外教育施設は、世界に類を見ない日本の誇るべき野外教育のシステムですが、スタッフとソフトについては、大きな課題を抱えています。多くの施設が閉鎖されたり、指定管理により本来の機能を失っている現実はありますが、それでも数はいまだに世界最高峰です。スタッフとソフトが揃えば、ピークに行く可能性を秘めています。

プロフェッショナル

大阪が、衰退期と評価したのは、やはり、かつての栄華の影響でしょうか?これは岡村は迷わず誕生期でしょう。指導者の基準は曖昧で、採用に特別なトレーニングを要する団体があるでしょうか?誰でも明日から野外指導者になれる国です。また、しっかりとしたトレーニングを受けたものほど、能力を活かせる現場がないなど。現場と教育機関の足並みがまったくそろっていません。一方で、全国組織ができたり、学術雑誌ができたりと、評価を惑わす基準もあるのですが、ボランティアレベルとしての全国組織なので、産業を統括するレベルではありません。現場の採用基準が明確になれば、教育機関とのシナジーも起こるかもしれませんね。ただその前に教育機関で本物を作ること。

自然環境

こちらも成長期に同感です。ただ、歴世的な変遷もあり、学校登山が低迷したのは、1980年代のオーバーユースによる環境破壊の健在化があります。1990年代に隆盛を極めた環境教育者からは、野外教育が環境破壊の元凶だと罵れたものですが、私もこれには大賛成です。1990年代からの登山ブームでも、オーバーユース、トレイル侵食、トイレ問題などの環境問題が起こりましたが、なんだかんだ言って、意識高い系の登山者が原因なので、ダメージも限定的でした。そして、業界としてなんのコントロールもないままに、今日のキャンプブームと、インバウンドによるAT。このマネジメントを失敗すると、政府が締め付ける成長期に行っちゃうんでしょうね。日本は世界を反面教師に新たな成長カーブを描こうではありませんか。

安全

福岡は誕生期、大阪、東京は成長期としました。私はガイドの世界では、2.5と評価しますが、アウトドアレクリエーションですと、まだ安全が社会の関心にまではいっていませんので1.5です。いずれも包含する野外指導ですので、判断が難しいところですが、全国組織でもリスクマネジメントへの関心は、確実にありますので、平均して2でしょうか。ただ、一方の懸念が、そもそものプログラムが、重大事故が起こるのレベルではないので、各種のリスクマネジメントシステムも負担対効果から、形骸化しているのが現実です。野外教育も、ガイドがマネジメントしているバックカントリーに行かないと成長期への移行はないでしょう。

実践

3会場とも成長期と評価しましたが、回答した方は、何か「許容される実践レベル」の基準を持っているのでしょうか?少なくとも、BCや幼少研の実践に関しては、自発的にピーク時の基準に従いつつも、業界のチェック機能がないので、結局は自己点検です。こちらもガイド業とは大きく水をあけられており、ガイド業界は業界ごとにスキルの基準を設けており、インバウンドを対象とするATガイドに関してもいよいよ野外救急法とLNTが必須の動きが起こっています。また、これらの基準を満たしていないと、お客さんやエージェントに選ばれない時代がきつつあります。我が国の実践ガイドラインの取り組みは、既存のプログラムの共通項を探るオピニオンベースでうまくいなかったので(うまくいくはずがありませんが)、クライエントに体験の質を保証するエビデンスベースの取り組みへのパラダイムシフト(つまりアウトとなるプログラムが出てくる)が必須でしょう。

資格

資格はいずれの会場も誕生段階ですが、その通りですね。まさに包括的な野外指導スキルを認定していないため、運用段階で資格は形骸化し、持っていもてなんの職能的アドバンテージにもならないというのが現状です。統括団体のメンバー獲得と経営のための資格ビジネスといっても過言ではありません。また、成長段階の「高等教育機関が指導者育成を担う」という条件も、評価を1にとどめた理由かもしれません。我が国の資格体系に圧倒的に欠落しているのがメタスキルの育成と認定です。これができるのかとう議論もありますが、現実的に海外の野外指導資格には、メタスキルに関するトレーニングシステムと、認証基準があります。この技術がない限り、現場でスキルを活用することはできません。詳しくはこちらのブログまで。

指導者

ビミョーですね。福岡が誕生期、大阪、東京は成長期と評価しました。確かに既存の指導者養成のカリキュラムにソフトスキルは入っていますが、そもそものハードスキルが日本の野外指導者はかなり欠落している状態です。初歩段階のハードスキルは、野外指導者が全員野外救急法のスキルがある、LNTのスキルがあるというのが初期段階です。日本の野外指導者がプロフェッショナルとして野外に出て行けるようになるには、まだまだ時間が必要です。ピークを目指す前に、まずはハードスキル。そのスキルの程度によって、異なったマネジメントが必要なのがソフトスキル。そして、それらのスキルを活用するのがメタスキルです。ASEが野外だと思っているうちは、永遠に「誕生」することすらできません。

訴訟

各会場も誕生期か、成長期に行きかけといったところで、私も同感ですね。それほど、日本は野外事故が、大きな社会的に問題になることが少ないです。この原因として、ボランタリ精神に基づいたサービスが根底にあります。これにより、カスタマーも指導者が一生懸命やってくれたことだからという解釈になります。また、そもそも重大につながるプログラムではないとこうことです。結果として、訴訟すら行かない。野外のヒヤリハットのほとんどが、もし事故になったとしても軽微な事故です(岡村ら、2015)。さらに、野外教育関連で過去にあったいくつかの事故では、改善が組織内にとどまり、業界として共有できない体質もあります。2008年のトムラウシの遭難で、登山ガイド業界全体がこの事故を真摯に受け止め、劇的に進化しました。訴訟に関しては、たくさん起こるようになってほしいとは言えなので、業界としてのリスクマネジメントシステムを、もう一つ上の段階に上げて、永遠の誕生期を目標としたいものです。

ファシリテーション

全ての会場が、成長期と評価しましたが、これは、自分達がやっているのは教育であると信じたいバイアスが働いているかもしれません。今回のサイモンのワークショップは、ファシリテーションの違いも焦点でした。私もセラピーに関しては新たなテクニックとして学ぶことがたくさんありましたし、まだ実際の運用場面がよくわからないというのが現実ですが、それぞれのテクニックに目から鱗という状態であることが誕生段階でしょう。良い例として、LNTやWEAのティーチングの課題を出すにあたり、SPECの説明がどうしても必要になり、多くの時間を費やしますが、アメリカでWEAのCOEクリニックを受験する、登山ガイド、キャンプ指導者、NOLS、OBは、当然WEA指導者ではないのですが、SPECを普通に使えます。我々は、教育原理の準備ができていないまま、野外教育をしている良い例でしょう。

ではどうする?

1)アジアを見よう。日本が絶対的に優位にあると信じているアジア各国の野外のレベルは我々の想像を遥かに超えています。マーケットでは日本にまだかなうはずがありませんが、その質と仕組みです。台湾の大学の野外指導者の多くが、欧米のPHDです。中国では、LNTと野外救急が標準装備です。アメリカのここ数年の様子を見ていると、大学の野外も縮小、カンファレンスも統合、縮小と確かに衰退期であることを裏付けます。もちろんトップを取ったアメリカから学ぶことはまだまだ山ほどありますが、勢いのあるアジアを知ることで、日本のすべきことが見えてきます。

2)民間も研究発表を当たり前にしよう。研究者と民間の融合を掲げた日本野外教育学会も、25年たってもその目的を達成できていません。また、逆に民間からもアプローチも然りです。身分の保証されている大学教員が民間になることはできません。一方で、民間が、研究の手法を学び直し、自らの豊富な実践成果を発表し、研究者になることは可能です。加えて言えば、それができるのが実践者のスタンダードともう一度理解するべきです。残念ながらこれまでの日本は、野外指導者を目指した学生が、野外教育を学べる大学がわずかでした。学ぶチャンスがなかったから仕方がないのではなく、業界基準の職能を備えるがどの職業でも当たり前です。それが、大学を変え、日本がピークに近づくための近道です。

3)100年先を考えて、まずは誕生段階から。今回の評価で難しいことは、日本の野外が専門分化されおらず、かつ歴史も長いため、ある基準については各水準のどのレベルも当てはまるということです。確かに衰退期ととれる部分もありますが、それは日本が経験したピークがあまりにも低いからです。ピークの基準として、例えば、どこにいても、スポーツ系の大学で野外のコースがあり、必要な資格を取得でき、共通言語で学ぶことができる。一部の中核的な大学には、野外の教員が20名ぐらいいる。全ての大学教員が博士号を持っている。全ての野外指導者が、共通したトレーニングを経験しているとうレベルです。初期段階をスキップしても、頭でっかちの産業になり、成長に限界があり、崩壊もリスクも高いでしょう。アジアにおける日本の経済的成功、野外の長い歴史にすがることなく、サイモンの成長曲線をもとに、一から積み上げ直しましょう。そうすれば、パッションと底力のある日本の野外は、一気に成長曲線を登る原動力となるでしょう。

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